#82 雪

#82 雪

いつもより2時間ほど早く起きて窓をほんの少し開けると、真っ黒な隙間から刺すような冷気が這う様に部屋の中へ流れ込んで来ました。

隅に立てかけた菅笠と金剛仗。

その一つ一つに、これまで歩いて来た日々が色濃く刻まれている事を改めて感じていました。

始発列車から乗り換え駅のホームに立つと、南東の空には眠たそうな月。
空港へ向かう満員電車と出発ロビーの喧騒も、これで最後かもしれないと。

予定より40分ほど遅れての高松空港到着。
天候は曇り。
窓ガラスにポツポツと張り付く雨粒に、外は雨かと思いながらターミナルを出ると、雲と晴れ間が混ざりながら東へ流れていました。

前夜、虫の知らせのようにタクシー予約を思い立ったのですが、開けてみれば飛行機遅延という結果。
車内での着替えを承諾頂き、ごそごそと身支度をしながら運転手さんと二言三言。
前日は雪が降ったそうで「午後は晴れそうだよ」と。

当初は空港からバスと電車で向かう予定でしたが、ともかく予定していた時刻に長尾寺へ着くことが出来ました。

空港から30分程の乗車。
お礼を告げて車外へ出ると、重く冷たい風が「おかえり」と御挨拶。
本堂、大師堂と参拝を終えると指先が感覚を失い始めていました。

納経所を後に、さてさてと遍路道を南へ進んでいると、行手の山上に薄っすらと白いものが。
地図と照らし合わせながら、これは目指す女体山の方角ではないかと一人ニヤリ。

さてどうしようかと考えながら、とりあえず前山のお遍路サロンで情報を頂ければ、そこで女体山へ進むか、或いは別ルートを選ぶか判断する事にしました。

お遍路交流サロンへ入り、御対応下さった職員さんに上の状況はどうでしょうかとお尋ねすると、
「ぬかるんでるかもしれません」
とのお答え。
それ以上言葉を継がれなかったので、行ってみなければ分からないということなのでしょう。

下からは僅かな積雪に見えても上の状況は分かりません。加えて噂の崖の事も踏まえ、ここでの無理は危険だと判断し、惜しい気持ちもありましたが旧遍路道を進む事にしました。

この日は、翌日の別格二十霊場最終札所の大瀧寺参拝へ向けて塩江に宿をとっていましたが、旧遍路道を進み大窪寺を打って戻ると、日没前に宿へ入るのは厳しくなりそうでした。

一応ヘッドライトは持参していましたが、冬の日没後、恐らく街灯は無いか、有ってもまばらな山間の車道を歩くのは危険だろうと、大窪寺参拝は翌々日にまわして宿を目指す事としました。

377号線を進みながら横に目を振れば、周りの一段高い山は皆一様に薄っすらと雪を被り、やや強い風と共に時折細かい雪がちらつく空模様。

377号線と193号線が合流する交差点を右折。
ここが香川県と徳島県の県境。大瀧寺へ登る金刀比羅ルートはここから。
少し休もうと植え込みの石積みに腰をおろすと、少し先の道沿いの電光掲示板に「今の温度1℃」の表示。
そりゃ寒いわけだと。

過去2回同じ時期に高知や愛媛を歩いた時は、上着を着る必要はありませんでしたが、今回は上着とネックウォーマーを着け、更に手袋を二重にして歩いていても、体が温まる感じがありませんでした。

先程の交差点から先、193号線の車道を行きますが、この道は路側帯の幅が狭い事に加え交通量も多く、乗用車だけで無く大型車も中々の速度で横を通るので注意が必要です。

女体山周辺の雪化粧と、ここまでの道中で目にした周囲の山の様子から、この時点で翌日の大瀧寺参拝への道は金刀比羅宮ルートを諦め、椛川ダム横を通る県道106号線を上がろうと決めていました。

車が通る道ならある程度の予想はできますが、"歩ける"という以外ほとんど情報の無い山道に雪という条件では、さすがに厳しいものがあります。

もっとも、登山や雪山に慣れている方ならなんの事はないレベルなのかもしれませんが、お遍路の道中でちょろっと山へ入ったくらいの経験値と、春夏の服装に毛が生えた程度の防寒着で挑むのは、自ら遭難しに行くようなものです。

当日の宿「新樺川観光ホテル」は、この日を含め二日間お世話になりました。

冷えた体を芯から温めてくれた塩江の湯は、本当に有難いものでした。

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コメント

  1. 大窪寺の女体山もそうですが、同じくらい大瀧寺の金刀比羅宮コースも大変だと聞いたことがあります。それに冬ですし、その日の天気のコンディションも・・・となると直前の判断が難しいですね。計画通りにはいかなくても実際の体験はそれはそれでいい思い出ができたりすることもありますしね。また続きも楽しみにしております、ありがとうございました。

  2. @あの時の亀
    コメント有難う御座います。

    出発直前に大窪寺へのルートについて、経験者の皆さんの意見や感想を聞くことが出来たのは本当に有難い事でした。

    この旅の終わりは噂の女体山からの絶景で締めたいと思っていたのですが、思い通りにはならないものですね。
    しかしそれもまた良い経験となりました。

    翌日の大瀧寺への参拝。その道中で、この日の判断が間違っていなかったと分かりました。

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