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【Q7】お遍路を通して感じたことはありますか?
終わりのない道はない
仏教的な巡礼と言うよりは、父子の大切な時間です。
初めは観光気分でしたが上手くいかなかったことが大が小になり物事を悪くとらえることが少なくなり前向きな考え方になりました。
お四国病に罹った
歩くスピードだからこそ見えるものがたくさんあること

四国は大きい
四国の人々のあたたかさ 四国の自然の素晴らしさ 空海の偉大さ
地元の人たちのおもてなし(遍路道を聞いたとき分岐点まで見守ってくれた)
歩けば歩くほど欲望や怒りが小さくなってその分他人に対して親切になれる。そして人の笑顔に接する度また四国に来たくなる。
自転車だと逆に大変なところもありましたが、時間的には半月ほどでまわれるので時代的には合っている巡礼方法かと思いました(途中パンクもして大変でしたが)。

自然と人々への感謝
地元の人の温かさ、遍路道保存の熱意
人の温かさ
辛いが充実感がある
お遍路は清々しい気持ちになります。お寺さんや神社にお参りするからという理由のほかに、何度も感謝を伝えるからだと感じています。毎日、何度も「おかげさまで」「ありがとうございます」を口にします。1周目を秋には結願する予定です。来年は毎月1回ずつ区切り打ちをしようと考えています。

行くたびに新しい発見、出会いが必ずあり何回も周りたいと感じています。
私は、別格霊場も行っていますが、別格霊場の方が山の中に立派なお堂があるお寺が多いです。もっと別格霊場も宣伝すれば良いのに、と思いました。 コロナでお遍路の人も減り、お接待の形も変わったと思います。今年にはお遍路ツアーのバスも見かけるようになりましたが、宿坊はまだ営業していないお寺もあります。予約時に断られました。 部分的にしか歩いていませんが、お遍路道の目印が分かりにくいので、迷った事もあります。 お遍路道シールも小さく、手作り看板も小さく、文字が消えかけているのもありました。 お遍路道保存会のボランティア任せではなく、世界遺産になったのだから、公共機関がお遍路道を整備しても良いのでは?と思いました。
足るを知る。 感謝の気持ち。 人目が気にならなくなる。
88番大窪寺に着いたとき心の中を吹く風を感じました
お遍路には何度も回りたくなる魅力がある。

お遍路を大事にしている方がたくさんいらっしゃること
為せば成る
人の温かさと自然の雄大さ
生かされている!
人生の縮図みたい。大変だけど楽しい。足は痛くなるし予定通りにいかないこともあるけどやり遂げたい。 家にいては経験出来ないことが出来る。 最低限の物さえあれば生きていける。

道路工事や交通の発達によって廃れていくへんろ道や渡船があるということ
「為せば成る」「1周では満足できない。お四国病がわかる。」
1人で歩いても良いし、少人数のツアーで廻るのも良いし、全体像が把握出来たらその後は再度行きたいお寺巡りを楽しんでます。何回とか納経帳とかに縛られること無く好きなお寺で丁寧にお経をお唱えしています♡ 自分探しや強い願い事が有るというよりはお大師様縁のお寺巡りをしてお経をお唱えする事が好きです
歩きお遍路に優しいこと
先人達の歩いた道を、歩いている事。 今まで歩いた人たちの事に想いを馳せる。 区切り打ちですがいま、一人歩き遍路の途中なので特に感じます。

お接待文化。コレは地獄に仏。
日本って、四国って、広いなということ
結願した時に 心が浄化された感じがする
人の暖かさ、自然の豊かさ、人間は自然の一部でしかないということ
お遍路さんとの出会い。

自分との闘い
結願した時の達成感
いつもお大師さまに守られている 歩く事で自分が強くなれる 家に帰るとまた、お遍路に行きたくなる
自分はいろいろな人のおかげて、生きている事。人に対しての感謝を強く感じました。
「うまいことかんがえらはったなあ」

人とのふれあい
初めてのお遍路でもあり、体力面・足回りのケアー方法や装備面当の準備不足です。 どこまでも続く土佐の海岸沿いを歩いたときに感じた、心身ともに空っぽになった心地よい爽快感です。 行く先々、特に室戸岬でお大師さんを身近に感じたことです。
感謝の気持ちが自然と湧き起こる。人の優しさ、有り難みを感じる。
初めは、歩きたいだけで回ってましたが、自分を見つめ直すキッカケになります。
言葉にならなくても、良い感覚の場所が本当にたくさんあることです。それをInstagramに出しています。

ザ・お遍路な格好で参拝していないけれど、こうでなければならない!!みたいなルールに縛られない感じでの参拝もできるのがよいです。納経帳、300円のお寺がほとんどですが、拝観料も取られないので、今の世の中の情勢に合わせてもう少し値上げしても良い気もしました。いろいろな札所がそれぞれのお寺の個性を出して発信しているのもいいなと思います。ご宝号念誦88億回プロジェクトとかいいことしているけれど、もっといろんな人に浸透できたらいいのになーと思っています。
良かったこと。亡くなった家族とずっと旅できた気分になりました。 悪かったこと。現代のお遍路は、ひっきりなしに横を通過していく車やトラックに対していかにこころ安らかにいられるか、が修行なのですね。
人の出逢いや暖かさに触れ、人に感謝するというのも気持ちを大切にしたいと感じた。おたがいさまという気持ちをもって、謙虚な心で生活をしていきたいと思う。
四国の懐の深さ、優しさ
人間、生まれて来る時と死ぬときは1人ですが生きている時は自分1人では生きられない、皆様の力を借り、生かされていると感じました。話をすれば話つきません。

人も鳥も草も路傍の石ころも全て同一線上にある事。
1度行くとなぜか2回目もいつか行こうと思う。
まだ遍路途中ですが、四国はとても自然豊か!首都圏住みだと四季を感じる余裕も有りませんが、四国なら色んな季節をハッキリ感じる事が出来る土地だと思います。
人の暖かさ、人情
四国の自然の豊かさ 人の温かさ 自然の中をゆるゆる歩きお参りできることの幸せ

On days when I was alone, rain or shine, I felt a sense of unity with the forest. It was almost beautiful. Conversely, on the long pavement between Temple 82 and Temple 84, I can’t honestly say that my feet felt anything more than painful.
—–和訳—–
逆に、テンプル 82 とテンプル 84 の間の長い舗装路では、足に痛み以上のものを感じたとは正直に言えません。
お大師様を身近に感じた 思った通りに進まない お寺に時間がかかる
日本の自然の素晴らしさの再認識。自分の足で歩く達成感。黙々と歩くことで自然と沸き起こる内省の感情
四国の人々の暖かさ、信仰心や文化等、行かなければ実感できない素晴らしさであふれていました。北海道在住ですが、年1,2回はお遍路(区切り打ち)をつづけるまで、四国の虜になりました
新婚旅行として始めたのですが、夫婦としての成長や自己成長を感じられました。

通しで歩いたので困難だらけでしたが、それを打ち消すくらい楽しく印象に残る旅でした。お接待を通しての四国の人の優しさは心に沁みました。最後、結願した時は達成感も感動もありましたが、同時にこれで終わりかという寂しさの方が強かったように思います。
普通に『こんにちは』って挨拶する事に感動されるお遍路さんに驚きます。そんな事で?と思いますが、たまに関西のお寺にお参りしても確かに挨拶はあまりしないかも…を経験してからは、白衣着ているだけで『お遍路さん』って声掛けて、お接待受けるなんて確かに四国遍路でしか味わえないかもしれないなぁと思いました。あとは回数を重ねる事に悩み事もなくなり、嫌な事があってもお遍路にいけば解消出来るし、不思議な魅力がありますね。あとはこんなに長く続く遍路という文化にお大師様の力を感じます。南無大師遍照金剛
区切り打ちをしているため、遍路に行く目的を持つことで日常生活が苦にならなくなった。
俗世だけでわからない人生の豊かさ
遍路道保存活動される方への感謝

天候が悪かったり、身体が健康でないと(自転車)遍路はできません。また長期間、家を留守にするので家族の理解がなければ遍路旅には行けません。周囲の人やいろんなことに日々感謝する気持ちが生まれました。何の憂いもなく遍路ができることはありがたいことです。
人の温かさをたくさんいただきました。
自分が事故やケガもなく無事結願出来たのは、宿の方を始めお遍路で出会った全ての方のおかげで感謝の念に堪えない。
四国の人の温かさ
歩き遍路を通して「ありがとう」という単純な言葉の持つ輝きが己の心の深い部分を照らし出してくれるのを感じた。また、自然界に満ち満ちた命を五感でとらえることができた。目で見る、鼻で感じる、耳で聴く、鼻で感じる、口で味わう、手で触る。旅はその体験の楽しさであることを実感した。

すれ違う人との挨拶の素晴らしさ
コロナ明けの歩き遍路は日本人が少なく、外国人が多い
まだまだ受付していますので、以降も追記していきますね!


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