遍路と地元民との温度差

遍路と地元民との温度差

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四国遍路は1200年の歴史を誇る巡礼。
弘法大師の足跡をたどる旅と聞けば、全国から人が集まり、特別な時間を過ごせる気がしますよね。
きっと地元の人って「リスペクト空海、ウェルカム遍路、鼻歌はみんな般若心経」・・・そんな感じに思ってました。

でも実際に歩いてみるとわかりますが、良くも悪くも無関心なんですよね。

この記事では、これから四国遍路をはじめる人に向けて、ちょっとした心構えになればいいかなと思って書いています。

無関心=冷たい?いや、ただの生活の一部

菅笠をかぶってコンビニに入っても、「お遍路さんですか?」なんて声はまずかからないし、「今日も白い人が来たな」くらいの空気感。

道端で汗だくになって座り込んでいても、工事中のおじさんが休んでいるのと同類です。
こちらは「修行してるぞ!(そうでもないけど・・・汗)」という気持ちで歩いていても、それはただの日常の風景。

誤解がないように言うと、四国には優しい人ももちろんたくさんいます。
「頑張ってね」と声をかけてもらったり、みかんやお茶を分けてもらったり。そんな出会いは忘れられない思い出になります。

でも、そんな日も「たまにある」で、もっぱら「完全スルー」が平常運転。
私も最初は「毎日いろんな人に声かけられるんだろうな」なんて思っていましたが、現実は静かなものでした。

まぁそうか

ここまで読んで、もうお気づきかもしれません。
地元のほとんどの人(一般の人)は、そう関心も持ってないし、八十八ヶ所を回ったって人もそんなに多くないです。

「いつでも行けるから」と思って結局行かない。
富士山のふもとに住んでいても登らない人が多いのと同じかな。

道を聞いても「え、うちの近所に札所あったの?」と驚く人だっているくらい。
結果として、一生懸命歩いている自分たち遍路のほうが、地元の人より八十八ヶ所に詳しかったりします。

まとめ

つまりこういうこと。

 • 遍路姿で歩いても、地元の人にとっては“白衣の通行人”程度
 • 応援してくれる人はありがたいけど、基本「スルー」がデフォルト
 • 地元民のほとんどが八十八ヶ所を回ったことがないし、よく知らない
 • 「四国遍路は地元に根づいている」=「ほぼ背景化している」

お遍路を始める前は、「地元の人に囲まれて応援される温かい旅」を想像するかもしれません。
でも実際は、スルーされることの方が圧倒的に多いです。

でも、それを冷たいと感じる必要はありません。
むしろ“自然に受け入れてもらっている”と思えば気が楽。
ときどき差し出されるみかんや声かけが、だからこそ余計にありがたく感じられるはずです。

ではでは。

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