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四国遍路を始めるにあたって、まず押さえておきたいのが「用語」です。
なぜなら、遍路は長い歴史を持つ宗教的な旅であり、独特の言葉や作法が数多く残っているからです。初めて挑戦する人にとっては、「打つ?」「納札?」「同行二人?」など耳慣れない表現に戸惑うことも少なくありません。
たとえば「打つ」という言葉。遍路では「お寺を参拝すること」を指します。昔は木の札を柱に打ち付けていたことに由来するのです。こうした背景を知ると、単なる言葉以上に旅の意味が深まります。
この記事では、初心者でも理解しやすいように、四国遍路でよく使われる用語を50音順にまとめ、歴史的背景やエピソードを交えながら解説していきます。
四国遍路 用語集(あ行)
あいべや【相部屋】
一つの部屋を複数人で利用する宿泊スタイル。かつての遍路宿では当たり前だったが、現代ではプライバシー重視や衛生面への配慮、さらには盗難リスクなどを理由に減ってきている。それでもドミトリー型のゲストハウスや通夜堂、善根宿にはこの文化が今も残っている。
初対面の遍路同士が語り合い、修学旅行の延長のように楽しく夜を過ごすのも相部屋ならではの体験だが、逆に同室者のいびきで眠れぬ夜を経て「やっぱり次は個室で」と固く誓うこともある。さらに、ベテラン遍路と同室になると“経験談の大洪水”に圧倒され、初心者は立場が弱くなることも珍しくない。
あずまや【東屋】
遍路道沿いに設けられた休憩所。屋根と腰掛けだけの簡素な造りだが、炎天下や雨の日には何より頼もしい。遍路小屋と呼ばれることもある。
現代の遍路にとっては、コンビニのイートイン以上にありがたい存在で、荷物を下ろして足を伸ばしたり、食事をしたりとオアシスのように活用される。なかには「ここで寝袋を広げて一晩…」と考える人もいるが、実際は風や蚊との格闘になることも多く、快適さは期待してはいけない。
あん【庵】
僧侶や修行者が一人で暮らすために建てられた小さな草庵。藁や木の枝で簡素に造られ、俗世を離れて修行するための隠れ家のような存在である。四国遍路の歴史の中でも、弘法大師や修行僧が庵を結び、祈りや修行に励んだと伝えられる跡が各地に残っている。
今日では札所の境内や遍路道沿いに「○○庵」と名のついた小堂や祠を見ることができる。そこは修行者の足跡をしのぶ場であり、遍路にとってはちょっとした参拝スポット、あるいは道すがら腰を下ろす“休憩の口実”にもなっている。
いちごいちえ【一期一会】
茶道の心得に由来し、「一生に一度の出会いを大切にせよ」という意味。人生の出会いはすべて一回限りであり、二度と同じ形では訪れない――そんな無常観に基づいた言葉である。
四国遍路では、この精神が自然と息づいている。道端で声をかけてくれる地元のおばあちゃんとの会話も、その日たまたま並んで歩いた遍路仲間との一言も、次の瞬間にはもう再び訪れないかもしれない。だからこそ「遍路は一期一会の連続」といわれる。
小さな出会いに気づけるかどうかで、旅の記憶はまるで違う色を帯びる。何気ない一瞬が、後になって宝物のように思い出されるのも、遍路の不思議な魅力である。
いっこくまいり【一国参り】
四国を一度に巡るのではなく、一県ごと(阿波・土佐・伊予・讃岐)に区切って参拝する方法。古くから行われてきた巡礼のスタイルである。
フルマラソンを一気に走るのが「通し打ち」だとすれば、一国参りは「10kmマラソンを4回に分けて完走する」ようなもの。あるいはテレビドラマを「徳島編」「高知編」とシーズンごとに楽しむイメージに近い。全部をつなげれば、四国遍路という壮大な物語が完成する。
うつ【打つ】
札所を参拝すること。古くは木札を堂の柱に打ちつけたことに由来する。
「昨日は三番を打った」と言えば「三番札所に参拝した」の意味。初めて聞く人は「ゴルフ?」「将棋?」と首をかしげるが、もちろん仏様にパンチするわけではない(←それを言うなら「仏像をぶつぞう」・・・失礼)。
うちもどり【打ち戻り】
遍路の道中で、次の札所へ進むために一度通った道を戻らなければならない区間を指す。四国八十八ヶ所には、札所間の配置上どうしても“行って戻る”形になる場所がいくつか存在する。
打ち戻りでは、逆打ちのように正面からやってくる遍路とよくすれ違う。そのため、自然と挨拶や会釈を交わす機会が増え、道中にちょっとした交流が生まれる。こうした偶然の出会いこそ遍路らしさ。打ち戻りは“人と人とを引き合わせる道”ともいえる。
えもんさぶろう【衛門三郎】
四国遍路の伝説的人物。伊予(現在の愛媛県)の豪族であったが、強欲さゆえに托鉢に来た弘法大師を粗末に扱い、鉢を叩き割ったと伝えられる。その報いで家運は傾き、子どもたちも次々と亡くなり、ついに己の罪を悟って懺悔のため四国八十八ヶ所を巡礼することになった。しかし衛門三郎は何度巡拝しても結願できず、最期は道端で力尽きた。その死の間際に弘法大師が姿を現し、彼を救済したと伝えられている。さらに伝承では、彼の魂は「衛門三郎再来」として生まれ変わり、松山市の石手寺に伝わる「再来の石」がその証とされている。
また、別格二十霊場のひとつ文殊院(高知県南国市)も衛門三郎ゆかりの寺とされ、ここは修行・祈願を重ねた場所と伝えられる。境内には像や資料が残されている。
石手寺=「再来の舞台」、文殊院=「修行の舞台」、徳島の杖杉庵=「終焉の舞台」とされ、三つを訪ねることで衛門三郎伝説を立体的にたどることができる。
おかみさん【女将さん】
遍路宿や旅館を切り盛りする女性主人のこと。四国遍路においては、ただの宿泊施設の経営者ではなく、巡礼者を迎え入れる“顔”としての存在感がある。
多くの宿坊や遍路宿では、女将さんが受付から食事の用意、出発時の見送りまでを担い、遍路にとっては親しみと安心感を与えてくれる存在となる。遍路道の疲れをねぎらう温かい言葉や、次の札所までの道案内など、ガイドブック以上の情報源になることも少なくない。「宿の印象は女将さんで決まる」と言われるほどで、笑顔で迎えてくれる女将さんに出会えば、その宿は一生の思い出になる。
おだいしさま【お大師さま】
弘法大師・空海の敬称。遍路では親しみを込めて必ずこう呼ぶ。
「常にお大師さまと二人連れ」という信仰があり、一人で歩いていても孤独にならない。しかも“見守られている感”が強いので、こっそりズルをしようとしても心の中でブレーキがかかる。お大師さまは、頼れる相棒であり、同時に監視役でもある。
おさめふだ【納札】
遍路が本堂や大師堂で参拝する際に納める札。名前や住所を書き、参拝の証として本尊や大師に奉納する。接待を受けた人や縁のある人に手渡すこともあり、“自己紹介カード”であり“信仰の名刺”でもある。
納札の色は巡拝回数によって変わり、白(1〜4回)、緑(5〜6回)、赤(7〜24回)、銀(25〜49回)、金(50〜99回)、そして100回以上は錦などの特注品となる。つまり「遍路のレベル表示」。
歩きでも車でも区別なく同じルールが適用されるため、「足で稼いだ白札」と「ハンドルで稼いだ白札」は同じでないようで同じ。いや、やっぱり違う気もする・・・。これが遍路の面白さ。
おすなふみ【お砂踏み】
八十八ヶ所の札所の「お砂(砂や土)」を集め、一か所に並べて参拝できるようにしたもの。遠くまで行けない人でも、そこに足を踏み入れれば四国遍路を巡ったのと同じ功徳があるとされる。寺院の境内や霊場、都市のお寺などに設けられることが多い。
いわば、お砂踏みは“通信教育版”。修了証はもらえるけれど、現地の汗や景色までは味わえない。実際に歩く遍路とは別物だが、体力や時間の都合で旅ができない人にとっては、信仰と願いを託す大切な場である。
おせったい【お接待】
札所や遍路道沿いの人々が、遍路に食べ物や飲み物、時には宿泊を無償で施すこと。弘法大師に対する信仰心から、遍路を大師そのものと見立ててもてなす文化である。
受け取った遍路は納札を渡すのが礼儀で、それが接待した人にとっては魔除けのお守りにもなる。
基本的に断るのは失礼とされるが、歩き遍路にとって「車で送るよ」といった厚意だけは丁重に断ってよい。なぜなら移動そのものが修行であり、歩くことが遍路の本質だからである。もっとも、遍路の側から お接待を期待したり、自ら要求するのは御法度。
おせっかい【お節介】
遍路の道中で、本人が望んでもいないのに干渉してくる行為。お接待が「心からの善意の施し」であるのに対し、お節介は「ありがた迷惑」と思われることもしばしば。
たとえば、「その道は違う、こう行け!」と必要以上にルートを押し付けてきたり、「荷物が多いな、もっと減らせ」と勝手に説教を始めたり。ときには「まだ若いのに遍路なんかして」と余計な人生相談まで背負わせてくる人もいる。
相手は善意のつもりでも、受け取る側からすれば「そっとしておいてください」と叫びたくなる場面もある。とはいえ、四国遍路は人との出会いの旅でもある。時にはお節介も、後になれば笑い話のスパイスになる。
おつとめ【お勤め】
寺院や家庭で行う仏教の読経や法要のこと。遍路の文脈では、札所で本堂や大師堂に参拝し、般若心経や真言を唱える行為を「お勤め」と呼ぶ。朝夕に宿坊などで僧侶と共に行う読経も同じく「お勤め」に含まれる。
遍路にとってお勤めは単なる儀礼ではなく、心を落ち着け、祈りを形にする大切な時間である。とはいえ初めての人には「どの経をどの順番で?」と戸惑うことも多い。そのため勤行本(経本)を携帯し、順に読み上げるのが一般的である。
おみえ【御影】
本尊や弘法大師の姿を描いた札。寺院で授与され、遍路のお守りとして持ち歩かれる。紙製でありながら「一体・二体」と数えるのは、そこに仏や大師の“分身”としての意味が込められているため。
ぱっと見はどれも似ているが、よく見れば祀られている本尊の違いに気づく。まるで同じ衣装を着たアイドルグループのメンバーのように、一見同じように見えても、よく見れば表情も仕草も少しずつ違っていて面白い。御影を集めていくのは、“推しメン探し”のような楽しみ方もあるのだ。秋元康氏風に言えば「SKK88の阿弥ちゃん」的な。
おい【笈】
修行僧や山伏が旅の必需品を入れて背負った箱型の容器。衣類・経典・食器などを収納し、遍歴の旅に欠かせなかった。
現代でいえばリュックサックにあたるが、木や漆で作られたため重量も相当なもの。
近年では実際に笈を背負う遍路はほとんど見られず、主に歴史的資料や展示でその姿を知ることができる。ここまで書いて何だが、知らなくても良い用語。
おくのいん【奥の院】
寺院の本堂や伽藍から奥まった場所にあり、祖師や開山の廟(お墓)・御影像を安置する聖域のこと。四国遍路の文脈では、各札所に設けられている奥の院を指す場合と、高野山の弘法大師御廟(和歌山県)を指す場合がある。
八十八ヶ所霊場では、本堂で本尊を拝んだあと、大師堂に参拝し、さらに奥の院へと足を運ぶことで“より深い礼拝”となる。たいてい人の気配がないひっそりした森の奥にあるため、夕方からはどうかお気を付けて。
おれいまいり【お礼参り】
四国八十八ヶ所を巡拝し、88番札所・大窪寺で結願を迎えたあと、再び1番札所・霊山寺に戻って「無事に巡礼を終えました」と報告する参拝のこと。
巡礼の正式な流れとしては、結願(88ヶ所達成)、満願(高野山奥の院でのお礼参り)と続くが、その前に原点である霊山寺へ戻ることで「始まりと終わりを結ぶ」意味が込められている。いわば遍路旅の“ウイニングラン”であり、区切りを美しく締めくくる儀礼である。なお、高野山に行くことも「お礼参り」という場合もあり、話が噛み合わないなと思ったらこの事。
念の為に付け加えると、どちらのお礼参りも行っても行かなくても自由。
四国遍路 用語集(か行)
かさねいん【重ね印】
納経帳に同じ札所の御朱印を複数回いただくこと。通常は八十八ヶ所を一巡すると納経帳に一通りの朱印が揃うが、再び同じ札所を参拝した際、前回の朱印の上に朱印をいただくことを「重ね印」という。
一冊の納経帳に何巡もの記録が積み重なっていくため、遍路にとっては「自分の歩みの歴史書」ともいえる。長年の巡礼者の納経帳は、朱と墨が重なり合い、一面が真っ赤っ赤で迫力のある一冊となる。
何冊も新しい帳面を使う人もいれば、一冊に重ねて歴史を刻む人もいる。ちなみに新規納経は500円だが、重ね印は300円。
かつおのたたき【鰹のたたき】
高知名物の郷土料理。鰹の表面を藁(わら)の炎で豪快に炙り上げる「藁焼き(わらやき)」が本場のスタイルで、香ばしい香りが食欲をそそる。さらに一般的なタレではなく「塩」で食べるのが珍しく、素材の鮮度に自信があるからこその食べ方といえる。
遍路の途中で立ち寄る食堂や宿でも頻繁に出され、「四国遍路=鰹のたたき」と言ってもいいほどの代名詞的存在。一口目は「これぞ高知!」と感動必至。しかし二泊三日を過ぎると「またタタキ…」となり、五泊目には「今日は唐揚げが食べたい」とこっそり願い、十泊を越えると「自分の筋肉までカツオに変わっているんじゃないか」と錯覚するほどになる。
ぎゃくうち【逆打ち】
八十八番札所から一番札所へ、通常とは逆の順序で反時計回りに巡ること。険しい道が多く難行とされ、順打ちよりご利益が大きいと伝えられる。特にうるう年の逆打ちは功徳が倍増するともいう。
昔は「順打ちで巡っていた空海に会える」と信じられたが、現代では「順打ちで巡るたくさんのお遍路さんに会える」確率が高い。すれ違いざまの会釈や挨拶が積み重なり、旅そのものがちょっとした交流イベントのようになる。逆に、こちらを見向きもせず挨拶なしですれ違う気難しい人もいるが、そんな人は300m先からでもそんなオーラが見える。
くうかい【空海】
平安時代初期の僧で、後に弘法大師(こうぼうだいし)の諡号を贈られた人物。真言宗の開祖であり、ご存知「四国遍路の祖」でもある。774年に讃岐国(現在の香川県)に生まれ、遣唐使として唐に渡り密教を学んだ後、日本に真言密教を伝えた。
四国各地には空海伝説が数多く残っており、八十八ヶ所霊場の多くも彼にゆかりがあるとされる。遍路は「同行二人」といって、常に弘法大師と共に歩む修行の旅であると考えられている。
くぎりうち【区切り打ち】
四国八十八ヶ所を一度に回り切らず、期間や区間を分けて少しずつ巡拝する方法。たとえば「今年は徳島の札所だけ」「来年は高知から」といった具合に、数回に分けて八十八ヶ所を打っていく。
現代の忙しい遍路にとっては最も現実的な巡礼スタイルであり、仕事や家庭の都合で長期の休暇が取れない人に広く利用されている。
区切り打ちの利点は、時間や体力に合わせて無理なく計画できること。
けちがん【結願】
四国八十八ヶ所の巡拝を終えること。発心から始まった旅が、最後の札所を参拝した瞬間に「結びの願い=結願」となる。開始が「発願」、終わりが「結願」と対をなす用語である。
ただし読み方は難読で、初めて見た人の多くが「けつがん?」と読んでしまう。発音を間違えると意味が変わりそうで、やや緊張を伴う用語でもある。
どこから始めても最後に参拝した寺が「結願寺」となる。マラソンでいうゴールテープにあたるが、遍路ではゴールテープを切っても拍手喝采はなく、静かな達成感だけが広がる。
こうどうしょく【行動食】
歩きながら、あるいは休憩中にすぐ食べられる携帯食のこと。登山や長距離ハイキングの用語から。
昔の行動食といえば握り飯や干し柿、飴玉などシンプルなものだった。現代ではコンビニやスーパーが各地にあり、チョコレート、ナッツ、カロリーメイトやゼリー飲料が定番になっている。重さや保存性を考えつつ、気分転換になるお菓子も一緒に持つ人は多い。夏場のチョコレートは大惨事になる。
こんごうづえ【金剛杖】
遍路が持つ杖であり、歩行を助ける道具であると同時に、弘法大師の分身とされる神聖な存在。遍路は「同行二人」、つまり大師と二人連れで歩むとされ、この杖はその象徴(化身)でもある。
扱い方にも作法があり、頭部を直接握らない、橋の上では突かない、トイレには持ち込まないなどの決まりが伝えられている。これらは「大師さまを粗末にしない」という心構えを形にしたものである。
現代ではトレッキングポールを使う人も増え、必ずしも金剛杖を持つわけではないが、やはり象徴性は大きい。そんな金剛杖は、単なる棒ではなく「大師さまとの絆を表す旅の相棒」として大切に扱われているが、たびたびクモの巣払いにも利用される。
ごんぎょうぼん【勤行本】
参拝の際に唱える経文や真言を、唱える順序に沿って編集した小冊子。般若心経や光明真言などが収録され、遍路が寺でのお勤めを間違えずに行えるようにまとめられている。
初心者にとって勤行本は「これさえあれば声を合わせられる」安心の存在で、たとえるならカラオケの歌詞カードに近い役割を果たす。ただし内容は仏の教えそのものであり、扱う際には丁寧さが求められる。近年ではスマートフォンのアプリやデータ版を使う人も増えている。
四国遍路 用語集(さ行)
さんやぶくろ【山谷袋】
お遍路が持ち歩く白い布製の肩掛け袋。経本(お経の本)、納経帳、納札、数珠、ろうそく、線香など、参拝に必要な道具をまとめて入れるためのもの。由来は「山や谷を越えて歩く遍路が持つ袋」とされる。
ただし所持は必須ではなく、持たない人も多い。車遍路ではこの袋ひとつを手に参拝する人が多いが、一方で歩き遍路はリュックに荷物をまとめているため、「リュックだけで十分」と思われがちなアイテムである。
さいせん【賽銭】
寺社で参拝の際に供える金銭のこと。遍路にとっては、本尊や弘法大師への感謝・祈願のしるしとして賽銭箱に納める行為を指す。額に決まりはなく、気持ちの範囲でよいとされる。
四国遍路では、1回あたりの平均額は10〜50円程度が多い。全札所で一律に10円を納めても、八十八ヶ所合計で880円。旅費に比べれば負担は小さいが、積もれば信仰と感謝の積み重ねになる。
もちろん気持ち次第で100円やそれ以上を納める人もいるが、賽銭は額よりも、心を込めて手を合わせることにこそ意味がある。たまたま10円玉が手元になく、泣く泣く100円玉(10ヶ寺分)を投入した経験がある人も多い。
さんごう【山号】
寺院の正式名称の一部で、寺の前につけられる「○○山」のこと。もともとは中国仏教に由来し、多くの寺が山中に建てられていたため、寺をその山の名で呼んだことに始まる。平地にある寺でも伝統的に山号を持ち、寺の格や由緒を示す重要な要素となっている。
たとえば、四国八十八ヶ所の一番札所・霊山寺の正式名称は「竺和山霊山寺(じくわさん りょうぜんじ)」となる。山号は宗派や寺格によって由来が異なり、「霊験のあった山」「仏縁のある山」「守護する存在を象徴した山」など多様。
しこくへんろ【四国遍路】
四国八十八ヶ所の霊場を巡る旅。総距離は約1,400kmとも言われ、日本最大級の巡礼である。
かつては修行僧や山伏が中心だったが、江戸時代に一般庶民にも広がり、今では世界中から参加者が訪れる。歩き、バス、車…スタイルは自由。四国の険しい山道や田園風景、海辺の風景を背景に、白装束と菅笠を身にまとい、金剛杖を手にした「お遍路さん」が行き交う光景は、四国の独特な文化として今なお人々の心を惹きつけている。
実は1,400kmという説もあれば、1,200kmと語る人もいる。どこからどこまでの距離を言っているのかは誰も正確には分かっておらず、そんなことより目の前の峠を越えることが何より大事だと、誰もが身をもって知る旅なのである。
しこくびょう【四国病】
四国遍路を一度体験した人が「また行きたい」「もう一周したい」と強く思うようになる現象を指す俗称。病気というより“リピーター症候群”に近い。
八十八ヶ所を回り終えた直後は「やっと終わった!」と安堵するが、数日経つと不思議と「次は逆打ちで…」「今度はあの宿に泊まりたい…」と考え始める。まるで旅そのものが体に染みつき、日常生活の中でふと“遍路スイッチ”が入るような状態。
医学的治療法はなく、唯一の解決策は「再び遍路に出ること」と言われている。
しゃかにょらい【釈迦如来】
仏教の開祖であり、悟りを開いた実在の人物。説法像や涅槃像など、多彩な姿で表される。
遍路中に出会う釈迦如来は、真面目な顔でこちらを見つめていることが多い。参拝者が「足が痛い」とつぶやいても「まあ座れ」と言っているような、絶妙な安心感がある。
しゅうきょうかんゆう【宗教勧誘】
遍路の道中や札所の境内などで、ときおり遭遇することがある“ありがたくない接触”。本来、四国遍路は真言宗を中心に誰でも自由に参拝できる開かれた旅であり、特定の宗派や団体に属する必要はまったくない。
しかし現実には、「このお守りを持たないと…」「我が団体に入ればご利益が…」といったセールストークをしてくる人に出会うこともある。遍路初心者にとっては「え?遍路ってそういうものなの?」と戸惑う場面かもしれないが、基本的には関わらなくてよい。一部では、車の送迎や昼食の奢り、無料宿泊をお接待として近づいてくるケースもあるが、それが善意ではなく勧誘の手口にすり替わっていることもあるので注意が必要。その飲食や宿泊を受けてしまうと、その恩義を理由に断りづらくなり、気がつけば勧誘に付き合わされることもある。遍路で鍛えられるのは脚力だけでなく、勧誘をかわす瞬発力でもある。
しゅくぼう【宿坊】
寺院に併設された宿泊施設で、参拝者や修行者が滞在するための場所。精進料理が供され、朝夕には僧侶と一緒に勤行へ参加することができるなど、通常の宿泊施設とは異なる宗教的体験ができるのが特徴である。
四国遍路でも、「泊まりながら信仰に浸れる特別な宿」として利用される。ただし全ての札所に宿坊があるわけではなく、数としてはむしろ少数派。朝5時からのお勤めで叩き起こされることもあるが、それもまた遍路の醍醐味である。
じゅんうち【順打ち】
一番札所から八十八番札所へと、時計回りに巡ること。最も一般的で、初心者向きの回り方。
道標や情報も豊富で迷いにくく、「正規ルート」の安心感がある。いわば“教科書どおり”の遍路。
一方で、「道に迷ってこそ遍路」というスリルを求める人には物足りないかもしれない。でも初回なら順打ちが大正解。
じゅうぜんかい【十善戒】
仏教における十の戒め。「殺さない・盗まない・うそをつかない」など、人として守るべき基本的な道徳を説いたもの。遍路の心構えとしても大切にされる。
ただし、実際の道中では試される瞬間が訪れる。とくに夏場の蚊。十善戒を守るべきか、腕を守るべきか・・・。十善戒を完全に守り抜くのは、スマホを一日中触らないくらい難しく、それでも理想を胸に歩くことが、遍路そのものの修行になる。
【十善戒】:不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不綺語・不悪口・不両舌・不貪欲・不瞋恚・不邪見。
じゅんれい【巡礼】
聖地や霊場を巡って参拝すること。またはその参拝者。
日本には西国三十三所や熊野詣などさまざまな巡礼があるが、四国遍路は規模も距離も桁違い。
「巡礼」と聞くと堅苦しい印象があるが、実際は歩きながら人と出会い、時には観光気分も味わい、まるで“信仰と旅行のハイブリッドツアー”のよう。だからこそ何百年も人を惹きつけてきたのだろう。
しゅうまつへんろ【週末遍路】
週末や連休を利用して札所を少しずつ巡る方法。長期休暇が取りにくい現代人に適した遍路のスタイルである。
「今週は徳島で三ヶ寺、来月は高知で二ヶ寺」と区切って進めることができ、時間や体力の都合に合わせて計画できるのが利点。
一気に回る通し打ちに比べると達成までの時間はかかるが、その分「旅の続きを待つ楽しみ」があるのも魅力である。
しょくぎょうへんろ【職業遍路】
もともとは、江戸時代から明治期にかけて見られた「代参」や「代理巡拝」を担う人を指す。遠方の人や事情で四国まで来られない人に代わり、依頼を受けて札所を巡拝する仕事で、一定の社会的役割を持っていた。
一方で、現代では別の意味でも使われることがある。遍路を“修行”ではなく“生活の手段”とし、路上生活や施しに頼りながら巡る人々を指して「職業遍路」と呼ぶ場合がある。歴史的な代参と異なり、こちらはしばしば否定的に語られることが多い。
ただし「遍路=誰でも受け入れる旅」という側面から見れば、そこに信仰や祈りがあるかぎり、形式だけで善し悪しを断じることは難しい。遍路の多様さを象徴する言葉でもある。
しんごんしゅう【真言宗】
平安時代に弘法大師・空海が中国から持ち帰った密教をもとに開いた仏教の一派です。最大の特徴は「即身成仏」という考え方で、「人は生きているこの身のままで仏になれる」と説いています。
中心となる仏さまは「大日如来」で、宇宙そのものを表す存在とされています。その教えを実践するために、「三密(さんみつ)」と呼ばれる修行を行います。なお、某都知事の「三密」とは意味が違う。
四国八十八ヶ所霊場の多くは真言宗の寺院であり、遍路そのものが真言宗の文化に支えられています。ただし、参拝に宗教的な制限はなく、信仰の有無や宗派に関係なく誰でもお参りできます。
しんねん【真念】
江戸時代前期の僧。四国遍路を庶民に広めた最大の功労者とされる大和国(現在の奈良県) 出身の人物。著書『四国遍路道指南』(1687年)は現存する最古の遍路ガイドブックで、札所の巡り方や道順、礼拝作法をまとめ、多くの人々が遍路に挑戦するきっかけとなった。
真念が登場する以前の遍路は修行僧や信心深い一部の人々が中心だったが、この本の出版によって「庶民でもできる旅」として一気に普及した。そんな真念は遍路ブームを巻き起こしたプロデューサーでありインフルエンサー。はたまた旅行ガイドの初代編集長のような存在である。
すげがさ【菅笠】
菅(すげ)の草で編まれた笠で、日差しや雨を防ぐ遍路の必需品。見た目にも印象的で、白衣と並んで「お遍路さん」と一目でわかる装いのひとつである。
笠には「同行二人」と書かれることが多く、遍路は常に弘法大師とともにあることを示す。札所で参拝する際も帽子は脱ぐのが礼儀だが、菅笠は“信仰具”として特別扱いされ、着けたままでも失礼にはならない。ただし大きくて風にあおられやすく、電車やバスに乗るときには周囲に迷惑をかけることもある。それでも、炎天下を歩くときの菅笠のありがたさを知れば、もう手放せなくなる。
すどまり【素泊まり】
宿泊施設において、食事を付けずに宿だけ利用すること。遍路の道中では、旅程や体力に合わせて自由に食事を取りたい人や、費用を抑えたい人に選ばれるスタイルである。
四国内でも素泊まり可能な民宿やゲストハウスも多く、近くの食堂やスーパーで調達して済ませるのが一般的。近年はコンビニが各地に増えたこともあり、「素泊まり+コンビニ飯」という組み合わせは現代遍路の定番になりつつある。おかげで夜は静かに休めるが、夕食の煮物や朝の味噌汁の匂いに「やっぱり食事付きが良かったかな」と後悔することも。とはいえ、「食事を自分で選べる自由」は素泊まりの魅力である。
すべりこみせーふ【滑り込みセーフ】
納経時間の閉まる直前でなんとか間に合うこと。遍路仲間の間でよく使われる俗な表現である。
遍路中は道のりや天候、休憩の長さで到着が遅れがち。納経所の窓口に駆け込み、息を切らしながら御朱印をいただく姿は、まるでホームベースに突っ込むランナーそのもの。
もっとも、審判役である納経所の方によっては、すでに“アウト”の時間でも「今日は特別にセーフね」と判定してくれる場合もある。遍路にとってはありがたい救済だが、これはあくまで温情。毎回頼るわけにはいかない。
せんだつ【先達】
四国遍路を何度も経験し、後進を導く役割を担う人。霊場会から推薦を受けた「公認先達」制度があり、巡拝回数や年数に応じて位が上がっていく。
遍路に迷ったとき、経験豊富な先達の存在は頼もしく、安心感が段違いだ。納札の色(白・緑・赤・銀・金…)を見れば、その人がどれほど遍路を重ねてきたかがわかる。
ただし、色だけでその人の“深さ”を判断するのは少々違う。回数を重ねたからといって自動的に心が磨かれるわけではなく、信仰や姿勢、他者への思いやりが伴ってこそ「先達」と呼ぶにふさわしい存在になる。ちなみにその門は広く、車遍路やバスツアー遍路でも先達になれる。
ぜんこんやど【善根宿】
四国遍路の道中で、地元の人々が無償で遍路に宿を提供する場所。自宅の一部や納屋を開放して泊めてくれるケースもあり、“善根”つまり善い行いを積むための布施として行われてきた。遍路はこれを受ける際に感謝を込めて納札を渡すのが習わしとされる。
江戸時代から昭和の頃までは各地に点在していたが、現代では衛生・安全・生活環境の変化によりほとんど見られなくなった。今は「善根宿」の看板を掲げている施設は稀少で、歴史的な遍路文化の一端として語られることが多い。
四国遍路 用語集(た行)
たいしどう【大師堂】
弘法大師を祀るお堂。本堂と並び、遍路の参拝において重要な場所である。参拝の際は本堂と大師堂の両方に手を合わせるのが基本。
正式には「たいしどう」と読むが、口語では「だいしどう」と呼ばれることも多い。現地の案内や人々の会話では耳慣れた発音で使われることがあるため、両方の読み方を知っておくと安心である。
だいにちにょらい【大日如来】
密教の根本仏であり、宇宙そのものを象徴する存在。光明を放つ姿で表され、真言密教において絶対的な位置を占める。
難解な教義の世界では“宇宙の真理そのもの”と言われるが、遍路にとっては「すべてを包む大いなる存在」と理解すれば十分。まさに遍路の道中で感じる“自然や人とのつながりすべてが仏”という体験に通じている。
ちょう【丁】
昔の日本で使われていた距離の単位。1丁は約109メートル(正確には60間=約109.09m)。江戸時代の遍路道には「丁石」と呼ばれる石碑が立てられ、「○○寺まであと何丁」と距離を示していた。
現代のキロメートル表示に慣れていると「あと20丁」と言われてもピンと来ないが、だいたい2kmちょっと。つまり、ざっくり「1丁=100メートル」と覚えると便利である。ただし「残り5丁」とあっても油断は禁物。山道の5丁は、平地の何倍も長く感じるし、なんならあまりアテにならないからだ。
ちょうそかべもとちか【長宗我部元親】
戦国時代に土佐を拠点に勢力を広げ、四国統一を目前まで進めた戦国大名。
四国霊場にとって元親は、数々の寺を焼いた張本人であり、同時に再建した恩人という二面性を持つ。なぜ寺を焼いたかといえば、当時の寺院は信仰の場であると同時に城や砦のような軍事拠点でもあり、敵方に味方する寺を排除するために戦の過程で焼き討ちにしたからである。信仰を否定して焼いたわけではなく、あくまで戦国時代の現実=軍事行動の一環だった。一方で、戦後には焼失した札所の再建や土地の寄進を行い、復興の功労者としても名を残した。
ちんかばし【沈下橋】
増水時には川に沈むよう設計された橋で、土木用語では「潜水橋(せんすいきょう)」とも呼ばれる。欄干がなく、川面に近い高さで架けられているのが特徴で、大雨で水没しても流木や濁流の勢いを受け流し、壊れにくいという利点がある。
四国では特に徳島県の吉野川、高知県の四万十川に多く見られ、遍路道の風景の一部としても知られる。普段は静かで絵になる存在だが、風の強い日や増水時はスリル満点で、歩き遍路にとっては「遍路ころがしより怖い」と感じる人もいるほど。写真映えスポットとしても人気で、渡る人の心を毎回ドキドキさせる、四国ならではの文化的景観である。
どうぎょうににん【同行二人】
遍路の菅笠や笈摺に必ず記される言葉で、「常に弘法大師と二人連れ」という意味。ひとりで歩いていても大師さまと共にあると信じる教え。
孤独を癒すお守りであると同時に、「大師さまが隣にいる」と思うと自然に背筋が伸びる。つまり“見守りシステム”でもあり、“さぼり防止アラーム”でもある。遍路が心細いときも、気を引き締めたいときも、この言葉が支えになる。
どうじょう【道場】
四国遍路では、八十八ヶ所を四県ごとに区切り、それぞれを修行の段階になぞらえて「四国四道場」と呼ぶ。
• 徳島=発心(ほっしん)の道場
信仰の心を起こす区間。遍路を始める決意を固める場所。
• 高知=修行(しゅぎょう)の道場
長距離・難所が多く、体力的に鍛えられる区間。
• 愛媛=菩提(ぼだい)の道場
落ち着いて参拝でき、悟りの智慧を深める区間。
• 香川=涅槃(ねはん)の道場
結願を迎える終盤。旅の集大成として心が整う区間。
とおしうち【通し打ち】
一番から八十八番までを一気に巡拝すること。最もオーソドックスで、かつ体力的にも大きな挑戦となる。
「通し打ちしてきた」と言えば、それだけで一目置かれる。例えるなら“フルマラソン完走”。一方で、区切り打ちや週末遍路と比べると日程や資金のハードルは高い。達成感と同時に「もう二度とやらないぞ…でもまた行きたいな」と複雑な余韻を残すことも多い。
歩き遍路の場合はおおよそ40日〜50日前後が目安とされ、時間との戦いもまた修行の一部となる。なお、歩く日数は人それぞれであり、早く結願したからといって偉いわけではない。むしろ自分のペースで歩むことこそ遍路の醍醐味といえる。
四国遍路 用語集(な行)
なかつかさもへい【中務茂兵衛】
明治時代に活躍した、土佐国安芸郡(現在の高知県安芸市周辺) 出身の伝説的なお遍路。通算280回以上も四国八十八ヶ所を巡礼したと伝えられる人物で、「近代遍路の先達」とも呼ばれる。各地に「茂兵衛石」と呼ばれる石碑を残しており、遍路道を歩いていると度々目にする。
その名を刻んだ石碑の数は1200基を超えるともいわれ、彼の足跡の広さと信仰心の深さを物語っている。
のうきょうちょう【納経帳】
四国遍路で各札所を参拝した証として御朱印をいただくための帳面。通常の御朱印帳と似ているが、納経帳は八十八ヶ所を巡ることを前提に作られており、専用の構成になっている。
もともとは写経を奉納した証としていただくものであったが、現在では読経や参拝の証として朱印をいただくのが一般的である。
遍路にとっては「旅の航海日誌」のような存在で、ページが埋まるごとに達成感が積み重なる。と同時に、最初のページを埋めた時点で「これは途中でやめられないな」と軽いプレッシャーも発生する。ある意味、納経帳そのものが「遍路をやめさせない最強の呪符」とも言える。
のうきょうしょ【納経所】
各札所に設けられた窓口で、参拝を終えた遍路が納経帳や白衣、掛け軸などに御朱印をいただく場所。
かつては写経を納める場であったが、今では「参拝の証」を受ける場としての役割が強い。
ただし混雑時には長蛇の列となり、「ありがたい修行」が「忍耐の修行」に早変わりする。特にバス遍路の団体と鉢合わせたときは要注意。納経所の前が一瞬で「御朱印待ちのテーマパーク」と化し、ソロ遍路はひたすら順番を待つ修行を強いられる。
のじゅくへんろ【野宿遍路】
宿泊施設を利用せず、遍路小屋や道端の休憩所などで夜を過ごしながら巡礼するスタイル。昔の修行僧や庶民の遍路では珍しくなかったが、現代では安全面やマナーの観点から数は少なくなっている。
野宿遍路は「より原点に近い遍路」として、強い信仰心や冒険心を持つ人が選ぶことが多い。荷物を背負い、夜空を見上げながら眠る体験は、ホテルや旅館では得られない“非日常の修行”そのもの。ただし、蚊や寒さに悩まされるのも日常茶飯事。気のせいかもしれないが、お接待を受けやすい。
四国遍路 用語集(は行)
ばすつあーへんろ【バスツアー遍路】
観光バスを利用して四国八十八ヶ所を巡拝する方法。旅行会社の団体ツアーが中心で、現代の遍路では歩きよりも数の上で主流といえる。
メリットは、体力的な負担が少なく、数日〜十数日で効率よく回れること。ガイドや添乗員の案内で迷う心配もなく、安心して結願を目指せる。デメリットは、行程が分刻みで余裕がなく、参拝が「駆け足」になりがちな点。「次行きますよ〜!」と団体行動に追われることもしばしば。
時間や体力を考えれば現実的な選択肢だが、歩き遍路からは「遍路らしさが薄い」と皮肉を込めて語られることもある。さらに見落とせないのは、乗り合わせたメンバー次第で雰囲気が天国にも地獄にも変わるという点。数日間、隣の席の人に気を使う“修行”が待っているかもしれない。
はつがんじ【発願寺】
その人が四国遍路を始めた最初の札所のこと。本来は「ここで大師に願いを立てる=発願」から名付けられた。一般的には一番札所・霊山寺が発願寺とされるが、人によっては途中の札所から始めれば、そこが自分の発願寺になる。
遍路は「発願」から始まり「結願」で終えるとされるため、この最初の一歩は象徴的な意味を持つ。
はんにゃしんぎょう【般若心経】
仏教の経典の一つで、正式名称は『摩訶般若波羅蜜多心経』。およそ 260 字程度と短く、仏教の智慧(般若)の核心を簡潔に説いた経典として広く信仰されている。
四国遍路においては、各札所での読経の中心となるもので、遍路が唱えるお経の中でもっともポピュラーな存在。
内容は難解であるが、「色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)」という有名な一句に象徴されるように、万物の本質を“空”として説いている。多くの遍路にとっては「意味を完全に理解する」よりも「声に出して唱えること」自体に意義がある。
ばんがいれいじょう【番外霊場】
四国八十八ヶ所霊場に正式には含まれないが、弘法大師ゆかりの地や、巡礼者にとって信仰の対象となってきた寺院・霊場を指す。八十八ヶ所を「本線」とするなら、番外霊場は「寄り道コース」のような位置づけである。
旧札所跡や大師ゆかりの洞窟・滝など(御厨人窟など)や、四国各地に点在する大師伝説の残る寺院がある。参拝するかどうかは自由であり、必ずしも巡礼の条件ではないが、訪れることで旅がより豊かになるとされている。
巡礼を「八十八ヶ所だけで充分」と考える人もいれば、「番外まで行ってこそコンプリート」とこだわる人もいる。いずれにせよ、遍路の旅を自分なりにカスタマイズできる存在である。
びゃくえ【白衣】
お遍路の象徴的な衣装。白い上着で、袖のあるものと袖のないものがあり、巡礼中に着用する。白は清浄を意味するとともに、死装束の色でもあるため、「遍路はいつ命を落としてもおかしくない」という覚悟を示すとも言われる。
ただし、実は遍路が白衣を着るようになったのは比較的最近の習慣である。江戸時代以前の巡礼者は必ずしも白衣を身につけておらず、現在のように「遍路といえば白衣」というイメージが定着したのは近代以降のことである。
現代では「ユニフォーム感覚」で着られているが、逆に目立ちすぎて「一目で遍路とわかる」という副作用もある。それでも白衣を着ると気持ちが切り替わり、日常から修行モードへとスイッチが入るのが不思議な力である。
べっかくにじゅうれいじょう【別格二十霊場】
四国八十八ヶ所に加えて巡拝される、弘法大師ゆかりの二十ヶ寺を指す。正式な八十八札所とは別に、霊場会が定めたもので「八十八+二十=百八霊場」として巡る人も多い。百八は煩悩の数に通じ、「すべての煩悩を滅する巡礼」とも解釈される。
別格二十霊場は、空海の生誕地・善通寺に近い寺や、修行にまつわる洞窟・滝を有する寺など、独自の歴史と信仰を持つ場所が多い。八十八ヶ所よりも訪れる人は少ないが、その分ひっそりとした雰囲気を味わえることも魅力。巡礼の「裏コース」として挑戦する人も多く、旅がさらに奥深いものになる。
べてらんへんろ【ベテラン遍路】
四国遍路を何度も経験し、道も札所の作法も熟知した人を指す。
しかし「ベテラン」と呼ばれる遍路には、尊敬と同時にちょっとした“クセの強さ”もつきまとう。初心者に親切に道を教えてくれる一方で、「その納経の出し方はなっとらん」とダメ出ししてきたり、「俺が若い頃は一日50キロ歩いた」など武勇伝を語りたがる人も少なくない。
ただし実際には、道の情報や宿の知識を持っている心強い存在でもある。出会い方次第で「ありがたい師匠」にも「うっとうしいお節介」にもなる、四国遍路の人間模様を象徴する存在である。
へんろあし【遍路脚】
四国遍路の長い道のりを歩き続けることで鍛えられた脚、あるいはその状態を指す言葉。毎日十数キロから数十キロ歩き続けるうちに、最初は筋肉痛で悲鳴をあげていた足が、次第に逞しく変化し、疲れや痛みを感じなくなっていく。その“遍路仕様”になった脚を「遍路脚」と呼ぶ。重い荷物を背負って走ることさえできるようになる。
筋肉がつくだけでなく、持久力や歩き方の安定性も増すのが特徴だが、どちらかと言うと関節が強くなった印象。
だいたい 2週間前後 で「遍路脚」を実感する人が多い。
へんろいし【遍路石】
四国遍路の道中に建てられた石碑や道標のこと。江戸時代から各地に設置され、札所までの方向や距離を示したり、「南無大師遍照金剛」などの文字を刻んで信仰を広める役割を果たした。中には寄進者や建立年が記されたものもあり、地域の人々が遍路を支えてきた証しとなっている。
遍路石は単なる道案内ではなく、歴史の生き証人でもある。道に迷いがちな山中や分岐点で出会う遍路石は、現代の標識よりもずっと味わい深い。苔むした石に手を合わせると、数百年前の巡礼者も同じ石を目印に歩いたのだと思えて、不思議な連帯感を抱くことができる。
へんろころがし【遍路ころがし】
四国遍路の道中でも特に険しい難所を指す俗称。坂道や山道が急で、遍路泣かせの区間に名付けられた。代表的なのは、焼山寺へ向かう十一番札所までの道や、二十番鶴林寺・二十一番太龍寺へと続く峠道など。標高の高い六十番横峰寺や六十六番雲辺寺も遍路ころがしとして有名である。
名前の通り「遍路が転がり落ちるほど大変」という意味を持つが、実際は転がる前に息が切れるのが普通。
とはいえ、こうした難所は“苦しいだけの道”ではない。登り切ったときの達成感や、頂上から眺める四国の山並みは格別である。遍路仲間の間では「ここを越えたら一人前」と言われることもあり、いわば学生の頃の「中間テスト」のような存在。
また、道中での苦労は思い出として強烈に残るため、後々「あのときの坂は本当にきつかったなぁ」と笑って語り合える格好の話題になる。
へんろごや【遍路小屋】
遍路道沿いに設けられた休憩用の小屋。東屋(あずまや)よりも広く、屋根や壁に囲まれた簡易建築で、ベンチや畳が置かれている場合もある。雨風をしのぎやすく、歩き遍路にとってはありがたい避難所となる。
多くは地元の人々や善意の寄付によって建てられ、誰でも自由に利用できる“お接待”の一形態とも言える。
時にはここで一夜を過ごす野宿遍路もいるが、蚊や寒さに悩まされることも多く、決して快適とは限らない。それでも、疲れ果てた遍路にとっては何よりもありがたい“巡礼のオアシス”である。
へんろみち【遍路道】
四国八十八ヶ所を結ぶ巡礼路の総称。古来からの山道・海岸道・集落を通る小径などが複雑に入り組み、地域によって表情が大きく異なる。
遍路道は1本の一本道ではなく、いくつもの分岐路や代替ルートが存在する。どの道を選んでも札所へはたどり着けるため、自分の体力や都合に合わせてルートを選ぶことができる。すべての遍路道を歩く必要はなく、車道を利用したり、一部を公共交通機関で移動するのも現代では一般的である。
ただし昔ながらの遍路道には、石仏や道しるべ、地元の人々の生活の痕跡が残されており、そこを歩くことで「先人と同じ風景に触れる」という特別な体験ができる。寄り道も近道も修行のうちとされる。
ぼんしょう【梵鐘】
寺院に吊るされる大きな鐘のこと。時を知らせたり、法要や儀式の始まりを告げるためにつかれる。四国八十八ヶ所霊場でも多くの札所に梵鐘があり、参拝者がつけるところも少なくない。
遍路の習慣としては「お参りの前に鐘を一打する」のが作法。これは「これから参拝に参りました」と仏様や大師に知らせる意味がある。なお「梵」とはサンスクリット語で“仏教や神聖なもの”を指す言葉で、梵鐘はつまり“仏教の鐘”という意味。
ちなみに、梵鐘を収める建物を 鐘楼(しょうろう) といい、別名「鐘つき堂」とも呼ばれる。
ほんぞん【本尊】
その寺院で最も大切に祀られている仏や菩薩。四国八十八ヶ所では札所ごとに異なる本尊があり、大日如来・薬師如来・観音菩薩など多彩で、信仰の対象も寺ごとに独自性がある。
たとえば、薬師如来を本尊とする札所では病気平癒を願う参拝者が多く、観音菩薩が本尊であれば慈悲を求めて祈る人が集まる。
ただし実際にお堂の中をのぞいても本尊の姿は奥まった場所に安置されていて見えにくいことが多い。姿ははっきり見えなくても、そこにおられると信じて手を合わせること自体が大切なのだ。
四国遍路 用語集(ま行)
まえふだしょ【前札所】
札所に参拝する前に立ち寄り、身を清めたり準備を整えたりするためのお寺や場所。特に第一番札所・霊山寺へ向かう前に参拝する十輪寺の前札所が有名だが、実は「山上の札所まで登るのが大変だから、前札所で代参する」という意味合いで設けられた場合もある。
険しい山道や長距離の参拝が難しい人にとっては、前札所は現実的な救済策。公式には“代参”だが、信仰心があればどちらも尊い参拝とされている。
まったて【真っ縦】
高知県・27番札所 神峯寺(こうのみねじ)手前にある急坂の通称。遍路道の中でも特にきつい登りの一つとして知られ、その名のとおり「まるで真っすぐに立てられた壁を登るようだ」と言われる。標高差は大きくないものの、傾斜が急で息が上がりやすく、歩き遍路を悩ませる難所である。
昔から遍路泣かせの坂として有名で、「ここを登れれば本物の遍路だ」と冗談まじりに語られることもある。現在は道路も整備され車で上れるが、徒歩で挑む人にとっては“試練の門”。登り切った先にある神峯寺の静けさと眺望が、その苦労を忘れさせてくれる。
まめ【(足の)マメ】
長時間歩くことで足にできる水ぶくれや硬い皮膚のこと。遍路の大敵であり、特に歩き始めの数日間にできやすい。靴が合わない、靴下が擦れる、汗で蒸れるといった条件が重なると発生し、歩行を続けるうえで強烈な痛みや不快感をもたらす。
ただし一度経験すると、皮膚が強くなり「遍路脚」への成長の証しともいえる。ベテラン遍路にとっては「まめができて一人前」と冗談まじりに語られることもある。潰すか潰さないかで議論になるが、いずれにせよマメとの付き合い方が歩き遍路を続けられるかどうかの分かれ道になる。
まんがん【満願】
四国八十八ヶ所をすべて巡拝し終えたうえで、高野山奥の院にお礼参りを済ませた状態を指す。単に八十八ヶ所を巡っただけでは「結願」といい、そこからさらに高野山で大師へ感謝を捧げることで「満願」となる。
満願は遍路にとって最終到達点であり、一つの区切りであると同時に、新たな巡礼への入り口ともされる。実際、満願を果たした多くの人が「次は逆打ちで」「季節を変えてもう一度」と考え、再び四国へ戻ってくる。ある意味、満願を迎えた瞬間から“遍路中毒=四国病”が始まるとも言える。
まんだら【曼荼羅】
サンスクリット語「マンダラ(mandala)」の音写で、「円」や「本質を得るための場」を意味する。仏教、特に密教においては、宇宙の真理や仏の世界観を図像化したものを指す。真言密教では「胎蔵界曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」が二大曼荼羅として知られ、それぞれ慈悲と智慧を象徴する。
四国八十八ヶ所霊場は、この曼荼羅の世界を四国の大地に再現したものとされる。つまり八十八ヶ所を巡拝することは、「曼荼羅の中を歩く」ような体験であり、自らの身体を通して宇宙観を理解する修行でもある。つまりよくわからない。
みくろど【御厨人窟】
高知県室戸市、最御崎寺近くの海岸にある波に削られてできた洞窟。若き日の弘法大師・空海が修行したと伝えられ、「虚空尽き、我が願いも尽きず」という境地に至ったとされる場所。
この洞窟で「空」と「海」を同時に望み、自らを「空海」と号したという有名な逸話がある。ちなみに幼少期の名は「佐伯眞魚(さえきのまお)」と伝わるのみで、では修行時代にどのように名乗っていたかは不明。つまり「御厨人窟で空海になった」という話はロマンあふれる伝承であり、史実としてはやや怪しい部分も残る。
とはいえ、洞窟の正面に広がる太平洋と空の景色を目にすれば、この逸話に納得したくなるのも事実。遍路にとっては“大師が空海になったかもしれない場所”として特別視され、今も多くの人が足を運んでいる。
みだれうち【乱れ打ち】
八十八ヶ所を順番どおりに回らず、思いつきや行きやすさを優先して参拝する、いわば「店長の気まぐれ遍路」である。
車やバイク遍路にありがちで、「今日は近い札所をまとめて回ろう」とスタンプラリーの台紙を埋めるように移動することもしばしば。歩き遍路でも、天候や体調、宿泊の都合でルートを入れ替えるのは日常茶飯事だ。
信仰的には順番通りでなくてもご利益に差はないとされるが、「やっと結願!」と胸を張った瞬間に、「あれ?一つ抜けてた…」と気づくオチが待っている。
もとふだしょ【元札所】
現在の八十八ヶ所に定められる以前に、札所とされていた場所。時代の変遷や寺院の移転によって「札所の座」を譲った寺や跡地のことを指す。
たとえば「元○○番札所」と呼ばれる寺院が今も各地に残っており、札所ではなくなっても弘法大師ゆかりの地として参拝され続けている。札所そのものが変更するというのは珍しいことのように思えるが、実際は火災や戦乱、地域事情などによって本尊や札番が移されたケースがある。公式ルートから外れてしまったとはいえ、訪ねてみると札所以上に静かで趣深い雰囲気を味わえる場所も多く、ベテラン遍路の中には「元札所めぐり」を楽しみにする人もいる。
四国遍路 用語集(や行)
やくしにょらい【薬師如来】
薬師瑠璃光如来とも呼ばれ、病気平癒や心身の苦しみを癒す仏さま。東方浄瑠璃世界の教主とされ、像の姿には特徴がある。右手は掌を前に向け「恐れるな、願いを叶えよう」と示す印を結び、左手には薬壺(やっこ)をのせている。この壺は病を治す薬が入った容器とされ、薬師如来を見分ける最大のポイントになっている。
四国八十八ヶ所でも薬師如来を本尊とする札所は多く、遍路にとっては“健康の守り神”。長い道中で足の豆や体調不良に悩まされれば、誰もが「薬師さん、どうか助けて」と祈りたくなる。
やじるししーる【矢印シール】
四国遍路の道しるべとして貼られている、進む方向を示す矢印が書かれた小さなシール。電柱やガードレール、標識などに貼られており、進むべき遍路道の方向を示している。
公式の案内板や石の道標に比べると、手作り感のあるローカルなサインだが、遍路初心者にとってはまさに“命綱”であり、これを見逃すとあっさり道を間違える。ただし中には古くて色あせていたり、絶妙にわかりにくい角度で貼られていたりするものもあるため注意が必要。Googleマップより頼りになる時もあるが、時には真逆に導かれることもあるのもご愛敬。
四国遍路 用語集(ら行)
れいじょう【霊場】
仏や菩薩、弘法大師など高僧の縁にゆかりがある場所。一般的には「聖なる地」「修行の場」を指すが、四国遍路では特に八十八ヶ所の札所や別格二十霊場を含めて「四国霊場」と呼ぶ。
霊場は単なる寺院ではなく、「ここで祈れば願いが届く」「ここで修行すれば悟りに近づける」と信じられてきた特別な場所。江戸時代の遍路ブームでは「お伊勢参り」と並ぶ庶民の一大信仰観光となり、今日では信者だけでなく観光客にとっても“心のパワースポット”として親しまれている。
なお、似た言葉に「お寺」「札所」があるが、意味には違いがある。
• お寺は建物そのもの(全国にある仏教施設)。
• 札所は八十八ヶ所など、遍路における公式参拝所。
• 霊場はそれらを含むもっと広い概念で、お寺の境内だけでなく、大師が修行した洞窟や岩場までも聖地として含まれる。
四国遍路 用語集(わ行)
わけさ【輪袈裟】
僧侶がまとう袈裟を簡略化したもので、布を輪に縫い合わせ首から掛ける形にしたもの。四国遍路では白衣や金剛杖と並ぶ正装のひとつであり、「仏の弟子であることの証」とされる。
見た目としては制服のネクタイや学生の名札のような存在で、身につけることで「この人は遍路だ」と一目で伝わる。色は紫が定番で、落ち着いた印象を与える。
また、扱いにはちょっとしたマナーもある。特にトイレでは外すのが作法とされ、「仏の弟子をそこへ連れ込むのは失礼」という考えからきている。輪袈裟は単なる布切れではなく、修行者としての自覚を持たせる“けじめの印”でもあるのだ。
わーぷ【ワープ】
四国遍路で使われる俗称。本来は歩いて巡る道程の一部を、バスや電車、タクシーなど公共交通機関を利用して移動することを指す。
遍路道には山越えや長距離区間も多く、体力や日程の都合で「歩き通し」が難しい場合がある。そのため、区間を短縮したり危険を避けたりする手段として、現代の遍路ではごく一般的に取り入れられている。
「今日はここまで歩いて、あとは駅までワープ」といった具合に軽く使われる言葉で、SF的な“一気に移動する”ニュアンスも含まれている。理想をいえば全区間徒歩だが、実際には時間と命を守る安全策としての意味合いも強い。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
四国遍路は、ただの旅ではなく、長い歴史の中で育まれてきた信仰と文化の集大成です。
そしてその歩みを支えるのが、ここで紹介した数々の「用語」たち。言葉の一つひとつには、修行者の祈りや庶民の願い、時代を超えた人々の思いが込められています。
最初は「難しいな」と感じるかもしれませんが、知ってしまえば旅の景色がぐっと深みを増します。道端の小さな庵も、石に刻まれた文字も、意味を知れば“ただの風景”から“物語の一部”に変わっていくのです。
結願や満願といった大きなゴールにたどり着くのも素晴らしいことですが、それ以上に大切なのは、歩きながら出会う小さな一期一会の積み重ね。もちろん、途中で「もう二度と歩くか!」と心で叫ぶ瞬間もあるかもしれません。けれど不思議と数年後にはまた靴ひもを結んでいる――これも遍路用語で言えば立派な“遍路病”かもしれませんね。
この用語集が、あなたの遍路旅を少しだけ豊かに、そして楽しくする手助けになれば幸いです。
ではでは。

事務局タケ




















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