
遅めの出発
ビジネスホテルは気楽でいい。朝食も時間に縛られず、ベッドの感触も家に近く、ついだらだらしてしまう。結局、出発したのはいつもより遅い8時半。寝る前から「明日はゆっくりでいいか」という空気が漂っていた。
竹林寺は市街地から少し外れた場所にあり、遍路道そのものからも外れている。だから、スマホの地図を頼りに最短距離の道を探しながら歩く。住宅街を抜け、細い路地を曲がり、地元の人が犬の散歩をしている横をすり抜けていく。やがて坂が増え、木々の気配が濃くなってくると、竹林寺の静かな空気が迎えてくれる。境内は広く、丁寧に手入れされた庭に風が通る音が心地よかった。
怖い橋
竹林寺を後にして禅師峰寺へ向かう道は、川沿いの景色が印象的だった。水面が朝の光を受けて揺れ、大きな鳥が静かに浮かんでいて、こっちものんびりした気分になる。
禅師峰寺を参拝したあとは、雪蹊寺へ。ここで本来なら渡船を使うのを楽しみにしていたが、運悪く時間が合わなかった。仕方なく橋を渡るルートに予定変更。だが、この橋が予想以上に怖かった。高さがあり、歩道は狭く、そのうえ風が少し吹き抜けてくる。欄干の向こう側に広がる川(海?)の流れを見下ろすと足がすくむ。安全なはずなのに、体のどこかがずっと緊張していて、ようやく橋を渡り切ったときには、思わずほっとした。
初めての乗り物
雪蹊寺は町の外れに静かに佇んでいた。参拝すると、境内の落ち着いた雰囲気が心をゆるめてくれる。けれど、このあと以降は宿が少なく、徒歩で行ける距離に泊まれる宿がほとんどない。歩くことを前提にした旅でも、現実的な問題は存在する。
そこで、今日はタクシーを呼んで高知駅前へ戻ることにした。というより実は前から決めていた。この旅で初めて車に乗る。シートに腰を下ろした瞬間、体がふっと重力から解放されるような感覚があった。そして、車が走り出して10秒もしないうちに「速い!」と驚いた。さっきまで汗をかきながら歩いていた距離を、車は息をつく暇もなく次々と飲み込んでいく。窓の外の景色が流れていくのを見て、なんだか少し悔しいような、でも心底ありがたいような、複雑な気持ちになった。
今日の学び
今日は距離も短く、余裕のある一日だった。そして、この旅で初めて乗り物に乗った。
歩き遍路をしていると、景色は本当にゆっくり動く。ひとつの橋を渡るにも時間がかかるし、町ひとつ越えるのにも何時間もかかる。その分、坂の角度や川の匂い、家の並び方まで全部、体で覚えている。
けれど、車に乗った瞬間、窓の外の景色は一瞬で通り過ぎていき、気づけばホテルの近くまで来ていた。歩いたら1〜2時間もかかる道なのに、車だとその「間」がごっそり抜け落ちる。乗っていた時間は確かに存在したはずなのに、記憶にほとんど残っていない。
その差に気づいたとき、「歩き遍路の面白さ」ってこういうことなんだろうなと思った。時間をかけて、自分の足で見て、感じて、汗をかいた分だけ景色が入ってくる。動く速さが違うと、旅の形もまったく変わるんだと実感した。


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