
窪川
窪川の宿を出た朝、空はすでに重たく、小雨が静かに落ちていた。
今日は一日雨予報。ここまでの旅で、パラパラ降る雨は何度かあったけれど、最初から最後まで降り続くような本格的な雨は、まだ経験していなかった。
町を出てすぐのコンビニで足を止める。
ビニール傘を買うかどうか、しばらく迷った。手元にあるのは、簡易的で安いカッパだけ。これまではそれで十分だったけれど、今日は違うかもしれない。
正直、傘のほうが楽だろうとも思った。
でも、もし雨がやんだら、その傘はただの荷物になる。歩き遍路では、使わないものほど邪魔に感じる。結局、傘は買わず、カッパを着て歩き出した。
この判断が正しかったのかどうかは、この時点では分からなかった。
雨の中の一本道
町を離れると、雨は止むことなく降り続いた。
強くなったり弱くなったりを繰り返しながら、夕方までずっと空は灰色のまま。景色も色を失い、遠くも近くもぼんやりと滲んで見える。
フードの中で雨音が反響し、視界は狭い。靴の中は少しずつ湿ってきて、足裏の感覚が鈍くなる。歩くたびに、水を含んだ地面の感触がそのまま伝わってきた。
前半は山に囲まれた道、後半は海に近づく区間だったが、どちらも国道沿いで景色に大きな変化はない。
車の通りは多くないものの、濡れたアスファルトの上では、遠くからでもエンジン音がはっきり聞こえる。姿が見える前から音だけが近づいてきて、通り過ぎると、また静けさが戻る。その繰り返しだった。
今日は参拝するお寺もない。
目的地は黒潮町。ただそれだけ。地図を見ても目印になるものは少なく、ひたすら距離を消化する一日だ。
不思議と、焦りはなかった。
雨に濡れながら歩いていると、「早く着きたい」という気持ちより、「今日はこういう日なんだ」という諦めにも似た感覚のほうが勝っていた。進むしかない。その単純さが、かえって気持ちを楽にしてくれた。
黒潮町へ
午後になっても雨はやまない。
景色は相変わらず変わらず、ただ時間だけが過ぎていく。道の駅で買ったものを雨除けの軒下で口にする。特別おいしいわけではないけれど、体が温まるだけでありがたかった。
宿に着いて荷物を下ろしたとき、ようやく雨から解放された感じがした。服は湿っているし、靴も乾いてはいない。でも、不思議と体よりも頭のほうが疲れていることに気づく。
今日は何かを達成したというより、「一日、雨の中を歩き切った」だけ。
それでも、確実に前には進んでいる。
今日の学び
今日は、朝から夕方までずっと雨だった。
傘を買うか迷い、結局カッパで歩き続け、景色も気分もずっと地味なままの一日。
本格的な雨は今回が初めてだったけれど、なぜか晴れの日以上に記憶に残っている気がする。何も起きず、ただ耐えて進んだ日ほど、時間は長く感じるし、後から思い出すことも多い。
思い返してみると、考えていたのは手がふやけてきたことや、荷物や靴の濡れ具合、水たまりをどう避けるか、といった自分の身の回りのことばかりだ。でも、ここまで身の回りのことだけを気にして一日を過ごしたのは、たぶん初めてだった。
歩き遍路は、こういう「何もない日」にも、ちゃんと意味があるのかもしれない。


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