修行の道場 高知入り

修行の道場 高知入り

24番札所を目指して

3月末に23番薬王寺から24番最御崎寺まで約80kmを歩いた。

 薬王寺を参拝後、いよいよ室戸岬に向けて歩き始める。10kmほど過ぎたあたり、昨日の暴風雨の影響で路面は濡れて、至る所に折れた枝が落ちている。注意しながら歩いていたが、太めの枝に足がとられ、踏ん張って体勢を立て直そうしたが、濡れた路面と苔で踏ん張りが効かず、腹這いの状態でコケる。右手と左太ももを強打し、骨折したなと感じるくらいの痛みで、息がつけない。立ち上がれたが、手はジンジン痛い、みるみるうちに腫れていく、太ももが痛みで曲げられない。痛みで数分は、その場で立ちすくんでいた。骨折はないと判断し歩き始める。

 不幸中の幸いというのだろうか?いつもは右手に金剛杖を持っていることが多いが、この時は左手に持っていた。右手に金剛杖を持っていたら‥と。遍路している人ならお大師様のご加護かな?と思うのかもと、冷静な自分がいる。
 今夜の宿まで、まだ20km以上ある。この痛みで着くのだろうか?

 足を一歩出す度に、痛みが走る。右手も腫れて痛みに変わってきた。金剛杖が握れないため、包帯で右手に金剛杖を巻きつけ固定し、歩きながら、般若心経を唱えている。何かに意識を向けないと、痛みで心が折れそうになる。宿まで約12kmの所で、痛みの辛さで「くそったれ」と声に出してしまった。その時、自転車で5、60代の男性が横を追い越していき、10メートルほど先で、Uターンしてきた。もしかして「くそったれ」と言われたと勘違いしたのか?       
 その男性から「どこまで行くん?」と聞かれ、「宍喰まで」と答えると「まだ12、3キロはあるなぁ。今日は暑いし、気ぃ、つけてな」と。その言葉に、ふと我に返る。どんなに腹立てても、自身が決めた事、怪我をして思うように行かなくとも、前に進まなければ何も変わらない。腹を立てるだけ無駄なことなんだと感じた。苦しい中で人から声をかけられ、ふと我に返る。かけてくれる言葉一つ一つが教え導かれているとさえ思うことがある。その後も休憩しながら、夕方6時、宍喰の宿まで約6km手前で時間切れ。宿の門限が早く間に合わない。諦めてバスで移動。

 2日目、日の出と共に宿と出る。今日はひたすら歩くしかない。国道55号線、太平洋沿いを歩く。四国辺路(しこくへじ)という言葉を思い出す。まさに四国の地を縁取りするかのような道が続く。ひたすら同じ景色が続く、いつまで?あと何キロ?あと何時間?と先が見えてこない苦しさと、日差しの強さが体に堪える。昨日の怪我による痛みの悔しさ、その中で誰かに声をかけられる。地元の人、歩き遍路の人、外国からの遍路さんにも声をかけられた。周りの人が見守ってくれている。これも同行二人なんだろう。どこかのSNSで「歩き遍路の魅力は道にある」と読んだことを思い出し納得する。道で出会う人たちは、姿を変えた「お大師様」なのかも知れない。たっぷりある時間と距離、いろんな事が浮かんでは消え、感情が溢れ出る。

 そんな日を3日間過ごし、24番最御崎寺に着く。遍路道から山門が見えた瞬間、ものすごく嬉しかった。歩き遍路の工程99%は苦しい、しかし残り1%の嬉しさのために歩いているのかも知れない。

 他の人に「歩き遍路」を勧めるかと問われれば、たぶん勧めない。なぜなら苦しさを知っているから。でも苦しさの覚悟があるなら、「した方が良い」と答える。苦しさの中で感じるもの全てが、自分の心の全てだと思う。

まだまだこれからも「歩き遍路」を通して、多くのことを学んでいきたいと思う。
ありがとうございました。

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コメント

  1. ケガは大変でしたね、お疲れ様でした。それでも諦めず前に進む決断をなされた事に心を打たれました。

  2. @あの時の亀 さん
    コメントありがとうございます。

    区切り打ちなので必死でした(笑)

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