32日目:長い国道に飽きる(小松▶土居)

32日目:長い国道に飽きる(小松▶土居)

札所が続く朝

小松の宿を出る。
昨日の横峰寺の疲れが足に少し残っている。それでも今日は大きな峠越えはない。昨日とは違い、町の中を歩きながら札所を次々と巡っていく一日だ。
 
 
最初は六十一番札所・香園寺。

到着してまず驚いたのは、その建物だった。これまで見てきた札所とはまるで違う。目の前にあるのは巨大なコンクリート造りの建物で、山門をくぐって本堂へ、という今までのお寺のイメージが通用しない。「本当にここがお寺なのか」と一瞬戸惑うほどだった。
建物の中に入ると、さらに雰囲気が変わる。広い空間にはたくさんの椅子が並び、まるで大きなホールのようだ。その正面に本尊が祀られている。外から見たとき以上に、これまで参拝してきた札所との違いを感じた。
ここまで六十もの札所を見てきたので、お寺というものにもだいぶ慣れたつもりでいた。それでも、まだこんな形のお寺が出てくる。同じ八十八ヶ所なのに、一つとして同じではない。そのことが面白く、建物を振り返りながら次の札所へ向かった。
 
 
続いて六十二番札所・宝寿寺へ。

こちらは香園寺とは対照的に、こぢんまりとしている。町の中にすっと収まっているようなお寺で、先ほどの香園寺との落差が面白い。札所番号は一つしか違わないのに、雰囲気はまるで違った。
 
 
さらに六十三番札所・吉祥寺へ向かう。

国道沿いを歩く区間も多く、車の音が絶えない。昨日は山の中で自分の息遣いや足音ばかり聞いていたので、この騒がしささえ少し新鮮だった。
吉祥寺も大きなお寺ではないが、境内には六福寿石など、少し変わったものがある。参拝だけで通り過ぎるつもりだったのに、こうしたものがあるとつい足を止めてしまう。
 
 
昨日の横峰寺では、一つのお寺へたどり着くために何時間も山を登った。それが今日は、歩いていると次のお寺が現れる。同じ遍路とは思えないほどテンポが違う。
 
 

前神寺へ

次は六十四番札所・前神寺。

それまで町の中にある比較的小さな札所が続いていたので、境内に入った瞬間、その広さが印象に残った。正面には山が迫り、背後には西日本最高峰の石鎚山へと続く山々がある。前神寺は石鎚山信仰と深く関わるお寺らしく、どこか普通の札所とは違う山岳信仰の空気を感じる。

境内を奥へ進むと本堂が見えてくる。周囲を木々と山に囲まれ、町からそれほど離れていないはずなのに、急に山寺へ来たような感じがした。境内には石鎚山の権現像もあり、ここが単に遍路の札所というだけではなく、昔から山へ向かう人たちにとって大切な場所だったことが伝わってくる。

参拝を終えてもしばらく境内を歩いた。香園寺、宝寿寺、吉祥寺と比較的町に近い札所が続いたあとだったこともあり、前神寺の広さと山に包まれたような雰囲気が、今日いちばん印象に残った。
 
 

国道を東へ、土居まで

前神寺を出ると、今日の参拝はここまで。
あとは土居のビジネスホテルを目指して、国道11号を東へ進む。

最初のうちは歩道も広く、コンビニや飲食店もあって歩きやすい。昨日の横峰寺の山道を思えば、足元を気にせず歩けるだけでもありがたい。信号で止まり、店の看板を眺めながら、淡々と東へ向かう。

ただ、しばらくすると少し飽きてきた。

どこまで歩いても同じような国道が続く。車が横を走り、道路沿いには店や住宅が並び、その先にもまた同じような景色が見える。山道なら坂を越えたり、木々の間から景色が開けたりと小さな変化があるが、国道にはそれが少ない。

地図を確認しても、思ったほど現在地が動いていない。遠くに見えていた山が、しばらく歩いても同じ場所にあるような気さえする。足はそれほど疲れていないのに、気持ちのほうが先に疲れてくる。

「まだか」と思って歩き、しばらくしてまた地図を見る。
それでも、やっぱりまだ遠い。

最近は山の遍路道を心地よく感じるようになっていたので、余計にそう思うのかもしれない。車を気にせず、自分の足音だけを聞いて歩く山道とは違い、国道では絶えず車の音が横を通り過ぎていく。歩きやすいはずなのに、なぜかこちらのほうが長く感じた。

それでも進んでいれば、少しずつ町の名前が変わっていく。
ようやく土居まで来たときは、難しい道を歩いたわけでもないのに、妙な達成感があった。

体がきつい道と、気持ちがきつい道は違う。
延々と続く国道を歩いて、そんなことを感じた。
 
 

今日の学び

疲れているわけでもない。足が痛いわけでもない。それでも、同じような国道を延々と歩いていると、だんだん前へ進むこと自体が面倒になってくる。

考えてみれば、もう一か月以上、毎日歩いている。景色が変わり、初めての場所へ向かっているから続けられているけれど、歩くという行為そのものは毎日同じだ。

それでも翌朝になれば、またリュックを背負って歩き出すのだろう。
飽きても続けられるようになったこと。それも、この旅で身についたものなのかもしれない。
 
 

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