どうしても行きたかった薬王寺奥之院

どうしても行きたかった薬王寺奥之院

ずっと前から行きたかった薬王寺の奥之院ヘ今年の3月やっとお参りする事ができました。23番薬王寺は神亀3(726)年、行基菩薩により創建され弘仁6(815)年、弘法大師が本尊の薬師如来を彫り再興したとされています。文治4(1188)年、火災により堂塔が焼失した時本尊の薬師如来が自ら飛び出し近くにある玉厨子山の中腹まで飛んで行って避難したとの伝説があります。その避難した場所に後に建てられたのが薬王寺奥之院 玉厨子山泰仙寺(たまずしさんたいせんじ)です。   

その薬師如来はここに留まり光り輝いていたとの事です。薬王寺から9.3km、日和佐川沿いに歩いて約2時間半の山深い所にあるこの泰仙寺は割と広い境内に如意輪観音が本尊の本堂、少し離れた所に大師堂、住職さんが生活していた方丈、4人がやっと泊まれるようなお遍路さん用の小さい宿泊小屋、トイレ跡、それに住職さんのものと思われる立派なお墓があります。宿泊小屋に泊まれる人数が限られるのでここで野宿をするお遍路さんもおそらく多かったのでしょう。

その昔は大勢のお遍路さんがお参りに訪れていた事が伺われます。今は日和佐トンネルが遍路道になっていますがトンネルが無い時代は黄色い地図には載っていないトンネルの上を通る遍路道を行くかこの泰仙寺経由で鯖大師方面ヘ行くかでしたが後者の方が一般的だったように思われます。

色々な事が脳裏を横切ります。自分はいったいここに来たお遍路さんの何人目だろう?1万?10万?いや100万人台?まったく想像がつきません。この山の奥でお寺を守り続けた住職さんはどのような方だったのだろう?薬師如来が光り輝いていた場所は何処なのだろう?本堂がある所なのか?後で知ったのだがここから更に50m登った所に「奥之院の奥之院」があるらしい。もしかしてそこなのか?今度来た時は行ってみよう。

往時の様子を考えながらしばしもの思いにふけり今は静かな泰仙寺を後にしました。

話は続きます。薬王寺が消失した後に新しい本堂が建てられ本尊の薬師如来が彫られると玉厨子山に留まっていた薬師如来が薬王寺まで飛んで行き自分で厨子に入り自分で厨子を閉じて新しい薬師如来と背中合わせに座り以後「後ろ向き薬師」と称される秘仏になりました。私は薬王寺に来た時は本堂正面でお参りした後に必ず本堂の裏ヘ周りお参りをするようにしています。厚い鉄の扉で中は見えませんが秘仏の薬師如来がこちらを向いて座っていると思うとウキウキして胸がはじけそうになります…笑 本堂の正面は多くの参拝者がいる時も裏ヘ行くと人影はありません。信じる信じないは別にしてこの話を知っている人は少ないのかな?と感じます。薬王寺には本尊が2体あります。薬王寺を訪れた際は是非とも本堂の裏で後ろ向き薬師にもお参りしていただきたいものです。

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コメント

  1. 一言付け加えさせていただきます。
    薬王寺本堂の裏は通路が狭いので何人もお参りしていると他の人が通りづらくなるので通ってみるだけでも
    いいと思います。

  2. 奥の院の奥の院、、、深いですね。

  3. 奥の院ルートも、本堂の裏の事も知らなかったです。ありがとうございました。

  4. 自分はあまり人が行かない所が好きです。

  5. akkoさん
    今度は奥之院の奥之院行きたいです。
    一度で終わらないのがお遍路ですね。

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