切幡寺大塔の立つ高台からは先に流れる吉野川を含む眺望が望め、改めて"旅"を実感しました。
本堂に至る長い階段は、その前に立つまで存在を知らなかったので少々面食らいました。
切幡寺での参拝を終え藤井寺へ。
途中、吉野川近くで歩きのお遍路さんに出会い暫く歩きながらの雑談。
今回が二巡目との事で、夜行バスで現地まで来られたとのお話しを聞き、そういう手段もあるのかと一つ勉強になりました。
途中の沈下橋を渡り切ったところでお別れし、先に行かせて頂きました。
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藤井寺へ到着し各御堂の参拝を終え、本堂脇の弘法大師像の前へ。合掌礼拝し後ろに目を向けると『焼山寺みち』と刻まれた道標。
このシチュエーション、かなりグッと来ました。
ここから四国遍路屈指の難所を越えていく。
『覚悟はよいか』と、お大師様に問われている様でした。焼山寺越えは翌日だったので、いよいよだと身の引き締まる思いでした。
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納経所で押印墨書頂き、焼山寺山を越える上で考えた策を納経所の方に聞いてみました。
それは、1日で藤井寺から焼山寺を越え大日寺まで下るというものでした。
"考えた策"などと書きましたが、要は途中で寝泊まりする手立てが見つけられなかっただけの話です。山中での野宿も考えましたが、寝袋だけで横になるのは危険かと判断した末のものでした。
後で考えれば神山方面へ下るなどの手もあった様ですが、初心者の阿呆には猪突猛進の考えしかありませんでした。
納経所の女性はフフッと口元を緩ませて、
「中にはそういう人もいるらしいけど、あまり聞いたことがないです。」と。
隣に座る男性も微笑を浮かべて視線を送っていました。
嘲笑れている。そう分かりました。
そりゃそうです。
一見して分かる真新しい白衣を着たお遍路初心者。
その戯言。
一瞬、"無理なのか"という思いが頭に浮かびましたが、
"中にはそういう人もいる"
全くいないのでは無く、越える人もいる。
この為にトレーニングして来た。大丈夫、行ける。
そう思えました。
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この日の宿は「アクセス鴨島」というビジネスホテルでした。前日の夜に宿手配を試みましたが藤井寺近くの宿は何処も満室で、なんとか見つけた宿でした。到着後、風呂に入り湯船に浸かりながら、「明日はお願いします」と両足をさすりました。
夕食と翌日の行動食を買い出しに近くのマルナカへ。ついでに入山する前に荷物を出来るだけ軽くする為、不要な物を近くのローソンから自宅へと送りました。
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翌朝3時に起床し周辺を散歩してストレッチを入念に行い、5時過ぎに宿を出発。
ホテルのフロントはまだ開いておらず、柵の隙間から部屋のカードキーを滑り込ませて返却しました。
未だ街灯の灯る町を抜けて藤井寺へ。
途中、背後から昇り始めた太陽に合掌。
駐車場のトイレで用を足していると6時を報せると思われる梵鐘の音が響きました。
鎮寂とした境内をゆっくりと進み弘法大師像の前へ。
「南無大師遍照金剛」と御宝号を唱え、焼山寺道へと入って行きました。
コメント
すごくよく似た体験をしました。焼山寺までがどのくらいかかるのか、そしてそのあとどこまで行けるのか。鴨島駅前の宿を早朝に出発し、焼山寺に着くまではずっと不安で短い休憩を数回しただけだったのでとても疲れました。でも思い返せばいい思い出です。
焼山寺チャレンジにあたり、ペットボトル3本で足りるかな、食料はもっと必要かななどと考えながら鴨島のスーパーでの買い物が楽しかったです。
私を含め、これを見られてる皆さんも同じ心境だったと思います。遍路転がしが6つもあったこと、トレイルランニングですごいスピードで走っている人が多くいること、焼山寺手前であんなにもぐんと下ることなど、この時はまだ知らないことばかりでした。
@naru
私も不安でした。焼山寺を見据えて準備して来たとは言え「へんろ転がし」がどの程度のものかも分からず、本当に一日で越えられるのか、怪我や不調で動けなくなったらどうなるかと前日は色々と考えました。
@あの時の亀
水や食糧は足りなくなれば不安ですし、かと言って多く持てば荷物の重量が増えるしと悩ましい所ですね。
@考え中
やはり皆さん同じ心境なのですね。
藤井寺から焼山寺道へ入り植村旅館の先で橋を渡って車道に出るまでは、本当に行けるかどうかずっと不安でした。
トレイルランニングの方、私もすれ違いました。もう笑うしかなかったです。