#59 一月朔日

#59 一月朔日

翌朝。
「バリイン」の受付で鍵を返却して外へ出ると、辺りはまだ暗闇に包まれ街灯も疎ら。
バックパックからヘッドライト取りだし、よっこらと頭に着けて歩き出しました。
当日はやや冷え込む朝となり、薄っすらと明け始めた東の空には濃い雲の塊が一つ漂っていました。

国分寺へ向かう途中、突然道が途切れ目の前に真新しいフェンスが立ちはだかり、はて?地図通りに来ているが、とフェンスへ近付くと目の前を線路が横切り、そのさらに向こうに道が続いているのが見えました。

その光景に、そういえば以前にどこかの踏切が完全に閉鎖されていると、他のお遍路さんがお話ししていたようなと思い出し、それがここかと再度辺りをよく見回すと、ちゃんと迂回路への案内が出ていました。

暫く歩いて国分寺へ到着。少し手前で地元の方から「明けましておめでとう御座います」と御挨拶を頂き、そういえば今日は元日だったと、相変わらずお遍路に出ると時季や曜日の感覚が薄れている事に気付かされました。

国分寺での参拝を終えて次の札所へ。日の出時刻は過ぎたものの、依然陽が昇る辺りを分厚い雲が覆っていて肌寒く、手袋をはめて上着の襟に首を埋めて。
今か今かと雲の向こうで光を溜めている朝日を待ち遠しく思いながら歩を進め、暫くしてようやく雲が解けて太陽が顔を覗かせました。

徐々に寒さも和らぎ、上着を脱いで歩を進めて世田薬師前で一休み。山城への入り口と書かれた柱のそばに腰を下ろし、暖かな日を味わいながら世田薬師へ初詣に訪れる人々の姿をぼんやりと眺めていました。

更に歩を進めて日切り大師前の光明寺でトイレをお借りしてから道を挟んで反対側の細い路地を入っていくと、日切り大師の御堂と楠の巨木。
こうした住宅地の中に残る霊跡も、地元の方々の憩いの場になっているのかなと想像しながらその場を後にしました。

行手に雲掛かる連山が見え始め地図と照らし合わせると、あの何処かに横峰寺があり、更にその奥に石鎚山があるのだと分かりました。

その場で足を止めて道沿いに立つ民家の石垣をお借りし、腰を下ろして休んでいると、ほんの僅かな間、山を覆う雲が途切れました。

目の前に広がる田園の向こう。
そう遠くは無さそうに見える山々の更に奥、一段高い場所に、初見でもそれだとはっきりと分かる西日本の最高峰が姿を現しました。

冬の陽が撒かれた長閑な田園風景と、石鎚山の圧倒的存在感。
「どーん どーん」と、どこかの御寺様か。
柔らかな風に乗る太鼓の音が何処からとも無く響いていました。

その後、西山興隆寺と生木地蔵正善寺へ参拝。
どちらも初詣の方々で賑わっていました。
生木地蔵を出る前に当日の宿「こまち温泉 四国屋」へ電話を入れ、これから向かいますと告げて歩き出しました。

毎度の如く、途中で夕食と翌朝食を買い出して宿へ。
受付を済ませて部屋で荷を解き、再びロビーへ降りて白衣などを洗濯機へ。

早目に宿入り出来たのでゆっくり汗でも流そうと大浴場へ向かっていると、手前の待合場のテレビがけたたましく何かを知らせているのを見て何事かと足を止めると、

「地震 津波 逃げろ」

緊迫した声が繰り返していました。

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コメント

  1. お正月ということもあると思いますが、お寺に多くの人がいらっしゃると嬉しくなったりします。私の場合は小さなお子さんを見ると特にそう思います。

  2. @あの時の亀
    コメント有難う御座います。

    そうですね!
    静かな御寺もそれはそれで良いのですが、賑やかな境内も良いものですね。
    正月特有のゆったりとした空気。皆さんの顔もどこか和やかで、こちらも温かい気持ちになりますね。

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