
清瀧寺から少し下って当日の宿「温古社」へ。
とても気さくな宿主様がお迎え下さり、囲炉裏で暖まりながら焼き芋を頂戴しました。
大きな荷物ですねと、宿泊の割に嵩張る荷物を尋ねられ「実は…」と、翌々日1月1日の宿が無く寝袋で野宿する旨お話しすると少し曇った顔をされて「死んじゃいますよ?」と仰り、野宿地と目していた場所から少し先の土佐久礼にある「ゲストハウス恵」を御紹介下さいました。
2日後に土佐久礼で朝を迎えた時、宿を御紹介して頂いた事を心から感謝したのと同時に己の浅はかさを思い知らされました。
本当に有難い事でした。
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温古社泊の翌朝。いつも通り3時頃起床して朝のルーティーンをこなしながら日の出を待っていました。
泊めて頂いた部屋から丁度良く朝日が見え、今日もよく晴れそうだと令和四年師走大晦日の太陽を拝みました。
宿を後に先ずは塚地峠へ。峠の入り口に差し掛かるとまだ雪がしっかりと残っていましたが、峠道自体は残雪も無く乾いていて難なく越える事が出来ました。
峠を抜けて暫しのファミリーマートで昼食。
ここで歩きのお遍路さんと出会い暫しの雑談となりましたが、青龍寺を打ち終えてこの先の遍路小屋で今夜は野宿との事。
またどこかでと、お別れして宇佐大橋を渡り横波半島へ。
旧遍路道へ入る手前で偶然にも当日の宿「汐風」の宿主様に出会いお声を掛けて頂き、奥の院への道は荒れている旨告げられました。
峠を抜けて青龍寺へ到着。
山門から本堂へと続く長い階段は、あの横綱朝青龍が練習した場所でもあり、四股名も青龍寺由来と初めて知りました。
本堂大師堂での参拝を終えて階段を降り納経所へ向かっていると、一匹の猫が向こうから歩いて来て納経所の台の端に跳び乗りました。
ペロペロと黒く汚れた手を繕う姿に、お前さんも歩いて来たんだなと、小さな体に宿る力強さに励まされたような気がしました。
背中を撫でると「ニャー」と人慣れしているようでしたが、もしかしたら青龍寺さんでお世話されているのかも知れません。
歩く。
諸説あるかと思いますが、人間は生涯で約地球一周分の距離を歩くそうです。
「歩」という文字の成り立ちは象形文字から云々と有るようですが此処ではひとまず置いて、無理矢理な私的見解を少し。
「歩」という文字を見ると「少」と「止」の二文字に分けられるかと思います。
少し止まる
お遍路を歩いていると普段は気にも留めない何気無い事に驚いたり、教えられたりする事が間々あります。
普段は閉じている感覚が開く、そんな感じがします。
道端の草花 流れて行く雲 聞こえる音や匂い。
少し立ち止まってみる
少し止めてみる
当たり前と思っている日常のルーティーンから離れ、見つめてみる。
歩く事には何かそうした事があるのかと感じます。
青龍寺奥の院からは来た道を戻らずに車道を下って行きました。
「汐風」の宿主様の言葉通り道がかなり荒れていたので登りはともかく、下りは危険かと判断しました。
陽が進み風も強まって来たので歩速を上げ、三陽荘を横目に「汐風」へ向かいました。
漁港のすぐ側に立つ御宿。
お風呂を頂いた後、外へ出て散歩がてら周辺を少し散策しました。
山際に沈んで行く陽が令和四年の終幕を静かに告げているようでした。
コメント
歩くという漢字に、止まるという文字が入っているなんて気にも留めませんでした。深いですね。
年末年始は営業していない宿もあっていつも通りの宿選びができず行程も伸びたりするので大変ですよね。青龍寺から奥の院までのへんろ道は私も少し迷いました。
@あの時の亀
コメント有難う御座います。
私も最近まで気付きませんでした。
漢字って面白いですね。
@考え中
コメント有難う御座います。
仰るようにお盆や年末年始は休業される御宿が多いので宿探しは苦戦しますね。
青龍寺奥の院への道は倒木や斜面が崩れた場所がそのままになっている場所があり、足元が悪い印象でしたね。